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2011年02月10日

MEMORIES ’77  (前編)

memories77ill.jpgby hydra

MEMORIES ’77   (前編)

【採録】ラジオ・ドラマ 台本(1981年度調布祭参加作品)

人物  松本 明(23歳)  松本玲子(20歳)  松本 真(26歳)
               秋田幸夫(23歳)  上条麻紀(20歳)


時   明のモノローグ (1981年)
    現在      (1978年3月15日)
    回想      (1977年)


制作  電気通信大学・放送研究会(1981・DHK)


● バス停(大学前)  
  バスが近づいてくる。停車。ドアが開く。
  明、乗り込む。ドアが閉まる。発車。

● バスの中   
  車内音。明のモノローグがかぶる。
 『ブローティガンの小説みたいに不可解だ、なんて言ったらちょっとキザに聞こえるけど、君ってそういう女の子だった。だってそうだろう? 僕はしょっちゅう君に脅かされっぱなしで、まあ何とかジョーク飛ばしてごまかしたりなんかしたけど、僕の心臓はしゃっくりしゃっくりの連続だったんだ』

● 喫茶店(回想)
 『そう。最初に脅かされたってのは、僕らの庭みたいな吉祥寺の、そのうちファッション雑誌かなんかに紹介されそうな出来たてのほやほやの喫茶店だったんだけど、僕はカウンターに座ってて、君はボックスでブローティガンの小説を読んでた。おまけに、山下達郎なんかかかってた』
  テーマ曲「CIRCUS TOWN」(山下達郎)が流れる。

NA『玲子に捧ぐ・MEMORIES’77』


 『店内は、東女(とんじょ)武蔵美(むさび)やなんかの、新しモノ好きの女の子たちがキャッキャキャッキャ言ってはしゃいでて、よく顔が見えないもんだから、どんな顔して笑ってるんだろうなんて、僕はそれこそ縫い針に糸を通せるくらい目を細めて彼女たちを眺めてた。何せ右眼0.1左眼0.05の視力じゃ、ロンドンの霧がかかったみたいにみ〜んな同じに見えてしまうんだから…。その中で、君だけはでっかいトンボ・メガネかなんかかけて、時折溜息つくみたいに髪をかき上げたりしながら、ひたすら傍若無人にページをめくってた。僕がカメレオンじゃなくったって、君に釘づけになってしまうのは当たり前ってもんだ。その上、線香花火のような超能力がそなわったりして、一瞬君と視線を合わせた途端、僕はお見合い写真のように君の顔をバッチリと見てしまった』

● バスの中
  車内アナウンス。やがて停車。ドアが開く。
  明、バスから降りる。

● 井の頭公園
  落ち葉の上を歩く明。サックスの音が聞こえる。
  玲子とのやりとりが甦る。
玲子『井の頭公園って、縁切りの公園だって知ってた?』
 『知ってるさ。夏の日の夕暮れどきなんかにボートに乗ろうなんて誘って、おもむろに池の真ん中辺りで切り出すんだろ。「なんとなく飽き(秋)がきたみたい」て』
玲子『ところが最初のデートコースなのよね』
 『別に義理立てする必要ないさ。成り行きなんだから。それとも慣習には従うものよ、てママが言ったわけ?』
玲子『そうじゃないけど、ただ縁結びとか子宝とか、健全なやつより素敵じゃない』
 『素敵?』
玲子『だって、産めよ増やせよって時代はとっくに過ぎたのよ』
 『じゃつまり、あの喫茶店で今何時ですかなんて思わせぶりに訊いたときにさ、君の鼻先5センチのところに来ないと、バイトでモデルやってらっしゃるほどお美しいってことに気づかなかったって僕の快挙がですよ、下心なしどころか滅法素敵だったってことになるわけだ』
玲子『あら私だって、ロンジンの時計修理に出してて、またまた会ったじゃない』

● 時計・メガネ売場(回想)
 「あれ! あれあれあれ?」
玲子「あら!」
 「お宅、ここの店員さんでしたか?」
玲子「まさか。分かったでしょ? 時計持ってなかったってこと」
 「ああ、なるほど。縁があったわけですね」
玲子「らしいわね」
 「…えっと、何読んでたんですか? ぶしつけですけど」
玲子「これ?」
明 「ええ。いや、あんながやがやしてるとこで、よく本なんて読めるなあ、なんて思ったりして。僕だったらせいぜい、吉祥寺のタウン誌かファーブルの『昆虫記』ぐらいかな」
玲子ブローティガンの『アメリカの鱒釣り』。読んだことあります?」
 「ああ、半分読みましたよ。かじるのが好きなんでね。ミックスサンドも好きだけど。でもちょっとよく分かんない小説ですね」
玲子「静かなところで読むには向かないわね」
 「ああそうか。でも『アメリカの鱒釣りちんちくりん』てのは面白かったな」
玲子「へえ。私、『ポルトワインによる鱒死』が最高だと思うわ」
 「多分読んでないな」
玲子「その銀縁、どこのです? なかなかいいわ」
 「え? あ、これですか? これは国産。安物ですよ。気温が30度も超せばワン曲するって代物。お宅のは?」
玲子「この時計? 国産よ」
 「そう。…僕は松本明ていいます。よろしく」
玲子「ウソ!」
 「え?」
玲子「あなた、ほんとに松本さん?」
 「ご先祖様を信用すれば…」
玲子「私も松本」
明 「おんなじ?」
玲子「そう。ご先祖様を信用すればね」
 「滑稽極まりないなあ。ヘソでリプトン紅茶を沸かすってやつだ。で、試験のときなんか松本何て書くんです?」
玲子「玲子」
 「じゃ、スタンダールの『恋愛論』に従えば、第一段階を飛び越えて、『玲子さん』て呼んでいいんですね?」
玲子「気色悪い」
明 「そういや、あいつも同じこと言ってたなあ。僕の大学にこれまた同じ松本ってのがいましてね。科学の実験のときかなんかに初めて会ったんですけど、試験管ベイビーみたいだな、なんて言いやがった」
玲子「(思わず笑う)あなた、この辺の大学の人?」
 「いや、お隣さんです。調布の人。同居人に水木しげるとか安部公房とかいますが」
玲子「変ったところね」
 「そう。あの地帯はですね。風車のついた帽子かぶってないと、ヘーンな目で見られるんです」

● 吉祥寺駅
  雑踏の中から明を呼ぶ声が聞こえる。
秋田「お〜い、松本! 松本くん!」
 「おう、秋田か」
秋田「しばらくぶり」
 「お前こそ。あれ、風邪ひいたの?」
秋田「う〜ん、ちょっとね。えらくぼんやりしてたじゃない」
 「まあ。…何だ、ニタニタしやがって、国士無双でもテンパイしたのか?」
秋田「決まっちゃったんだ」
 「何が?」
秋田「就職」
 「就職? ウソだろ。研究室に居候するんじゃなかったのか」
秋田「すべり込みセーフてとこね」
 「おい。今日は何の日か知ってんのか? アイズ・オブ・マーチだぜ。『ジュリアス・シーザー』の」
秋田「そう。そりゃよかった」
 「ちぇっ! オメデタイやつだ」
秋田「な、松本。オレは6月に採用になるから、あと2ヶ月の命ってわけだ。お前は当分寿命があって羨ましい限りだな」
 「冗談じゃない。オレはたった今、退学届を出してきたんだぜ」
秋田「何だ。やっぱり辞めたの」
 「オレはね。義理人情にあつい男でね、相棒が辞めたとなると、矢も立てもたまらないんだ」
秋田「何言ってやがる、まったく。そういや、ヒゲの松本、相変わらず医学部目指して頑張ってんの?」
 「もちろんさ。あの人はね、血を見なきゃ落ち着かない人なんだ」
秋田「それにしても今から大変だな」
 「おい。自分のことだけ心配しろよ。今からの人生ってのは、ドラマでいや省略の部分なんだぞ。婦女暴行とかライフル乱射でもやらん限り、ドラマチックにならんのだぜ」
秋田「分かった、分かった。それより、『もか』のコーヒーでも飲みに行こう。おごるよ」

● コーヒーハウス「もか」  
  BGMに「DOWN TOWN」(シュガーベイブ)が流れる。
秋田「あれは1年のときだったっけ? お前が新宿でべろんべろんに酔っ払っちゃってぶっ倒れて、それでもって正体失ってるお前を電車に乗っけて、やっとこ大学のロビーまで担いでいったの。駅じゃ、改札口まで担架で運ばされたっけ」
 「オレは朝、ガタガタ震えながら目覚まして、右の靴がないぞ、て言った」
秋田「まったく! 人の苦労なんてツユも感じちゃいなかった」
 「若かったからな」
秋田「若かったって、そりゃお前、盆栽いじり出す頃に言うセリフだぞ」
 「いや、この4年間、オレも随分変ったさ。グレゴール・ザムザほどじゃないけどな」
秋田「ふ〜ん」
 「まあ自分でもよく分かんないんだけどさ、どう変ったのか。でもこうやって東京での生活を振り返ったりしてみると、東京って思ったよりいいところだったってつくづく思うよ」
秋田「お前、福岡に帰んの?」
 「高校の先輩がやってるタウン誌の手伝いやろうって思ってる。さしずめ使い走りだな」
秋田「彼女とはどうなるんだ?」
 「彼女?」
秋田「とぼけんな。去年、調布祭に連れて来たモデルさんだよ。どっかで見たことあるなあって思ってたら、ほら、富士銀行のポスターになってた」
 「あーあ、あれ? 『ボーナスは迷わず富士銀行へ』」
秋田「それそれ」
 「あのポスターは最低だったな。彼女自身も気にしててさ、知り合った頃って、絶対に自分だって認めなかったんだ」

● 青山通り(以下、回想)
 「何て言うか、僕はあのイチョウ並木に胸の疼くような憧れを持ってたんだ。もうそれこそ大人になったら、ザクトライオンで歯を磨くってことだけを夢見てる少年みたいにさ」
玲子「毎日通ってると、たいしたことないわ」
 「あれ、毎日大学に通ってらっしゃるんですか?」
玲子「失礼ね。でもたまには自主休校するけど」
 「自主休校ばっかしでしょ。で、今日は何の授業受けるの?」
玲子「実存心理学」
 「実存心理学? サルトルは心理学もやってたわけ?」
玲子「ううん、違うわ。確か、マズローあたりのヒューマニスティック・サイコロジーじゃないかしら」
 「何、それ?」
玲子「よく分かんないんだけど、つまり、自分の可能性を実現するための処方箋みたいな心理学じゃない。実験心理学みたいにモルモットが登場しないのがミソよ」
 「なるほど。結構面白そうだな。僕も拝聴しようかなあ」
玲子「でもあなた、教室に入れるかしら」
 「どうして?」
玲子「だって教室狭いもの」
明 「じゃ、ぶかぶかの宇宙服着込んで、親睦の印に星条旗でも持っていくよ」
玲子「(くすくす笑う)それいいわ。とってもいい」
 「……失礼ですが、あなた、芸術家タイプですね」
 「え? あ、ちょっと! 持ってください!……行っちゃった」
玲子「誰、あの人?」
明 「さあ…でも参ったなあ。ツギハギのGパンはいててよかったよ。あんなこと言われるの、10年早いよ」
玲子「ほんとは嬉しかったんじゃない?」
 「たまりませんよ。それなりに心構えってのが必要なんだから」
玲子「心構え?」
 「そう。例えばさ。仮の話だけど、僕が誰かと結婚することになったとするじゃない。するとやっぱり新郎の心構えとして、彼女に一応訊くわけよ。結婚式にダスティン・ホフマンが飛び込んでくる可能性はないかって」

● 書店
 「僕は実を言うと、ユダヤ系の作家に凝ってるんだ。たまたま読んでたアメリカの小説が偶然にもユダヤ系のが多くってね。まあ趣味が全会一致したってわけだ。最初に読んだのが、えーっと、これこれ、ソール・ベローの『この日をつかめ』。もしもさ、『あの日をつかめ』て翻訳になってたら、生理用品のパンフレットと間違えてたかもね」
玲子「あら、だったら女の口説き方みたいなハウトゥものになってるわ」
 「次に読んだのがさ、これ、フィリップ・ロスの『さようならコロンバス』。実にすがすがしい青春小説でね、この中に面白いセリフがあったんだ。えっと確か、『ハイヒールばっかりはいてる女は卵巣の位置が狂っちゃう』て。実際にそういうことあり得るわけ?」
玲子「さあ、初耳ね」
 「あ、そう。しかしなんと言ってもサリンジャーがダントツだなあ」
玲子「知ってる。『ライ麦畑でつかまえて』を書いた人」
 「それが一番ポピュラーだな。でも僕は短編小説の方が気に入ってるんだ。初期の作品じゃ、『若者たち』てのが好きなんだけど、やっぱりこの『ナイン・ストーリーズ』が最高だな。中でも『コネティカットのひょこひょこおじさん』てのがお気に入りでね。ほとんど全編、エロイーズてアル中の奥さんとその友だちとの会話なんだけど、その会話の中で、ウォルトってやたらおかしい男の話が出てくるんだ。エロイーズ曰く『あたしを笑わせてくれる男の子はあの子しかいなかった。しんから笑わせてくれるのはさ』てね」
玲子「どう笑わせるわけ? ウォルトって」
 「それが僕も研究中なんだけどね。つまり僕って、ああいう男にミーハー的に憧れてしまうんだ」
玲子「なるほどね」
 「とにかくユダヤ系のは面白いから、読んでみるといいよ」
玲子『ベニスの商人』なら読んだわ」
 「それ皮肉?」

● キャンパス(青山学院大学)
  ベンチに座った二人。近くで男女数人の学生が騒いでいる。
 「ね、あれ、ここの学生?」
玲子「どこ?」
 「ほら、原色のペラペラの服着たイカレタ連中さ」
玲子「らしいわね」
 「まったくこの大学もすっかり田舎者が増えたって感じだな」
玲子そうね。時々嫌んなっちゃうわ。方言丸出しのがいて」
 「ここをどこだかよく分かってないんだよ。何て言うか、東インド会社が経営してる植民地みたいに思っててさ、我々の生活様式こそ神から授けられた最高のものだって言わんばかりにさ」
玲子「ね、あなた、東京のどこの生まれ?」
 「僕? 僕は福岡」
玲子「あら福岡? 私のおばあちゃんたちって福岡出身なの。何度か行ったあるわ、小さいとき」
 「へえ、奇遇だなあ」
玲子「でもちょっと軟弱じゃない? いかにも東京の人間みたいにイカっちゃって」
 「まあ僕としては、今さっきの教授の話じゃないけど、何て名前だっけ?」
玲子「仏の早川」
 「ホトケの早川? どうして?」
玲子「試験中にカンニング・タイムがあるの。10分間だけ教室からいなくなるわ」
 「だから大学ってのは田舎者の観光ツアーになっちゃうんだよ。でね、あのカンニング・タイム教授がのたまったことによるとだ。人間関係てのは創造的じゃないといけないってわけでしょ。それぞれの人間がよりよい関係を創っていくってことが大切だって。それで僕が思うに、古臭い生活様式ってのはそういう関係の足を引っ張ることしかしないって思うんだな」
玲子「なるほどね」
 「つまり、よりよい関係を創造する上で、生活様式ってのは妥協の産物でいいと思うんだよ。そういう意味で、東京ってのは極めて中性的な都会だし、そこがえらく気に入ってるわけなんだ」
玲子「羨ましい限り。芸術家みたい」

● 玲子の部屋(吉祥寺)
  なんとなくオイゲン・キケロのピアノ曲が流れている。
 「ワッ、ワァ〜、ピアノ持ってるの。へえ、じゃあなたもご多分にもれずピアノを弾く美少女だったってわけか」
玲子「ね、何か飲む?」
 「それより何か弾いてよ。とびっきりメロウなやつでも」
玲子「気分じゃないわ」
 「気分じゃない? だったらさっさと化粧落としたら」
玲子「とにかくコーヒー入れるわ。何がいい?」
 「ロマンス抜きのコーヒー、なんてね。実を言うと、僕の初恋の女の子ってのは、ピアノがとっても上手な子だったんだ」
玲子「(離れたところから)いくつのとき?」
 「小学6年のときだったから、11だ。あの子は例によって隣のクラスでね、学芸会かなんかで合唱の伴奏をやったんだ。僕のクラスはっていうと、つまんない星の王子様の劇だったんだけど、一番星なんかやらされてね、セリフないもんだから舞台でころんじゃった。で、ある日の放課後、練習かなんかの帰りに体育館のそばを通ったんだよ。すると隣のクラスがいい調子で合唱やってて、あの子がピアノを弾いてたんだな。それで僕はもうその何とも愛くるしい姿に一目惚れしたってわけ」
玲子「どんな曲やってたの?」
 「さあ、忘れちゃったな。何か弾いてくれたら思い出すかも」
玲子「私はね、いつでもどこでも弾けるってタイプじゃないの」
 「じゃあどんなタイプ? 月あかりの下じゃないとドビュッシーが弾けないとか、祖国を追われないと『別れの曲』の出だしが思い出せない?」
玲子「残念でした。どっちも私には手があまるわ」
 「欲は言わないからさ、黒鍵盤だけでも叩いてくれないかな」
玲子「(近づく)あのね、私思うんだけど、あなた、とってもおかしい人だわ。どうぞ」
 「あ、ありがとう。まあその、よく公園なんかで子供たちに言われるけど」
玲子「あら、公園で何してるの?」
 「公園で? トランペット吹いてる」
玲子「吹けるの?」
 「まあね。真似事だけ。僕が練習してるとさ、自然と子供たちが集まってくるんだ。照れるから場所変えると、またすぐ集まってきちゃうんだよね。まさにハメルンのトランペット吹きだね」
玲子「それは笛吹きでしょ」
 「まあもとはそうだけど、シルクロード通って日本に伝わる間に変化したんだ」
玲子「ホラ吹き!」
 「ね、もう一度訊くけど、何か弾く気ない?」
玲子「ないこともないわ。でもよくある話でしょ、親が勝手に子供に与えといて無理矢理お稽古に行かされたって。それで与えられた方としては、目を細めて耳を傾けてるバカっ面の親のご機嫌とりにひたすら鍵盤を叩き続けてきたのよ。だから少なくともバカっ面ぶらさげて聴いてほしくないの」
 「OK。おさらい会の録音係みたいに聴いてる」
玲子「弾く前にそのカーテン開けてくれない?」
 「これ? なかなかいい柄だな」
  と、カーテンをさーっと開ける。
玲子「ママからのお土産なの、ロンドンに行ったときの。ママってね、洋食器のマニアでね、ヨーロッパ中かけずり回って買ってくるんだけど、みーんな安物ばっかしでね――」
  「パレード」(山下達郎)が流れる。
 「あれ、あれあれ、何かパレードだ」
玲子「パレード?」
 「ほら、見てみて」
玲子「……な〜んだ。東女(とんじょ)の女の子じゃない。珍しいの?」
 「だからパレードだって言うんだよ。あと何十年か経ってごらん。あの恰好で時代祭の行列やってんだよ」

● 電話ボックス
  「パレード」をかき消すように、ダイヤルをまわす音が入る。
  信号がいく。受話器をとる音。
玲子「(眠たそうに)はーい、もしもし」
 「手を上げろ! 君は完全に包囲されている」
玲子「誰? あなたなの?」
 「我々は特別高等警察だ。君ではなかったか? 私はカモメ、なんて言ったのは。あれから我々は20年間も君を捜し続けてきたんだ。観念して出て来たまえ」
玲子「ねえ明、ふざけるのよしてよ。何時だと思ってんの!」
明 「我々が所有してる鳩時計だと、11時だ」
玲子「11時? まだ昼前じゃない」
 「君は何か、正午のサイレンじゃないと起きられないのかね。黙祷の時間はとっくに過ぎたんだぞ」
玲子「あのね、私今日徹夜なの。昼過ぎにかけ直して」
 「何! 徹夜で黙祷してたのかね?」
玲子「レポート書いてたの。ニーチェの女性蔑視思想に関する考察ってのを。お願いだから、おやすみなさい」
 「キスしたら自由にしてやる」
玲子「キス? どういう気?」
明 「我々はこの瞬間を待ち望んできたんだ」
玲子「いい加減にしてよ。どうやってキスしろって言うの」
 「我々が第三次接近遭遇を成功させるときだ。天の彼方から神々しい光と共に羽衣が落ちてきて、我々を一瞬のうちに包み込み、奈落の底へと落としてしまうのよ」
玲子「分かった、分かった。それにしてもあなた、ちょっと欲求不満じゃない?」
 「はあ、多少はね。何せ、待ち人来たらずだから」
玲子「待ち人? 私、何かあなたと約束したかしら」
 「10時に芽瑠璃堂の前でね。お陰で、珍しいカット盤をザックザックと掘り当てたよ」
玲子「まあそれは良かったじゃない。やっぱり輸入盤専門店で待ち合わせるのってご利益があるのね。昼間会うときは、原宿のメロディ・ハウスにしましょうよ」

● 江ノ島海岸
 「……ここから、三浦半島見えるのかな」
玲子「ああ。ユーミンが歌ったドルフィンてレストランからでしょ? 晴れた午後には、遠く三浦岬も見える。でもほんとは見えないのよ、あのレストランから。彼女、勘違いしてたのね」
 「へえ。勘違いしたお陰で、いい詞ができた?」
玲子「そう。それにドルフィンも相当荒稼ぎしたらしいわ」
 「話題になるとすぐそれだ」
玲子「……ね、エリカ・ジョングの『飛ぶのが怖い』て小説読んだ?」
 「ああ、マスコミやなんかが、ジップレス・ファックがどうとかってやたら喧伝してたやつ?」
玲子「そう」
 「それに割と分厚い文庫本で、表紙を池田満寿夫なんかが描いたりして、でも最近どうもダメなんだな、ああいう分厚いのってさ、ソール・ベローの『ハーツォグ』で看板てとこだな」
玲子「でね。例によって流行に弱い女の子たちの間で話題になってるのよ。そのジップレス・ファックの極意を極めようなんて。私も半分くらい読んだんだけど、やたら精神分析の用語が出てきたりしてね」
 「ほう、そりゃ大変だ」
玲子「ところが、エリカ・ジョングってユダヤ系なのよ。知ってた?」
 「ほんと?」
玲子「ほんとよ。あとがきに書いてあったわ」
 「参ったなあ。早速読まなくっちゃ」
玲子「400ページ以上もあるのよ」
 「でもユダヤ系なんだろ? 仕方ないさ」
玲子「あきれた」
 「僕は凝り性だからね。早食い競争でギョーザ恐怖症になるのと同じさ。その点、君なんか凝らないタチだから。年取ってから得するでしょ」
玲子「いいえ、目に見えないだけ」
 「下着なんか凝るの?」
玲子「バカね。私はほら、小道具に凝るの」
 「小道具?」
玲子「そう。例えば一人で水割りを飲むとき、シェークスピアを読みながらイヴサンローランのハンカチでグラスの底をそっとふき取り、一気に飲み干すの」
 「へえ」
玲子カミュの小説を読むときは、『巴里の屋根の下』かなんかの古いシャンソンをかけて、ロッキングチェアで半分だけ読む。残りの半分は日差しの強い朝、リモージュのカップでブルーマウンテンを飲み干しながらベッドの中で読み上げるの」
 「ね、それひょっとして彼女の物真似? 夏になると決まって『ドグラ・マグラ』を読み出す女の子?」
玲子「感がいいわね」
 「それで気になってたんだけど、海が見たいなんて臆面もなくこんなとこに引っ張り出したのも彼女のフレーズ?」
玲子「いいえ」
 「じゃ、誰のフレーズ?」
玲子「あ、そうだわ。あなた知らなかったんだわ。私の実家、この辺にあるのよ」
 「この辺? カモメ以外に誰もいないよ」
玲子「だから鎌倉駅からバスでちょっと行ったところよ」
明 「へえ。でも僕は相変わらずツギハギのGパンだよ。困ったな」
玲子「誰が招待するって言ったの」
明 「じゃ、ここで野宿しろって言うわけ?」
玲子「何言ってんの。日の丸の小旗ふりながら見送ってあげるわよ」

● 吉祥寺ロンロン・広場
 「(近づく)やあやあ、しばらく」
 「随分会わなかったね。クラブの連中、心配してたよ」
 「まさか。あいつらはね、自分のことしか心配しないんだ」
明 「それもそうだけど、何してたの?」
 「Z会に入ったよ」
 「Z会? ああ、ついに宣戦布告したってわけ?」
 「まあな」
 「やっぱり医学部?」
 「うん。で、この前出してきたんだ」
 「退学届?」
 「あっさりしたもんだぜ。主任教授に適当に理由言って書類にハンコもらうだろ。あとはそれを学生課に提出しておしまいさ」
明 「領収書みたいなの出ないの?」
 「送ってきたよ、あとから。しかし何だな、離婚届もあれくらい楽だといいんだろうな」
 「実は今日、連れがいるんだ。ちょっと今、レコード店に行ってるけど」
 「ああ、彼女か?」
 「まあね。実は彼女、真くんにやたら会いたがってたんだ。松本が三人寄れば何かが起こるって言うんだよ」
 「松本が三人? おい、妹じゃないだろうな」
 「いや、まるっきり他人。とにかくバミューダ・トライアングルやるって張り切ってんだよ。参ったよ」
 「何が参っただよ」
 「おお、来ましたよ。あの子あの子。ほら、バンビみたいにハネてるでしょ」
 「ほう、かわゆいかわゆい」
玲子「(近づく)こんにちは」
 「はじめまして」
玲子「あ、はじめまして。松本玲子です。よろしく」
 「同じく真です」
明 「同じく明で〜す」
玲子「(くすりと笑う)」
 「ね、何のレコード買ったの?」
玲子「あ、これ? 山下達郎の新しいやつ、『SPACY』てアルバム」
 「ああ、山下達郎」
玲子「知ってます?」
 「ええ確か、ユーミンのバック・コーラスやってましたね」
玲子「そう。私、あの頃からファンだったんです」
 「真くんはバッハのファンなんだ」
玲子「バッハ?」
 「ええ。バッハていう人はですね、非常に虐げられた人でしてね。彼の兄ていうのが、また意地の悪い男で同じ音楽家だったんですけどね。向学心の旺盛だったバッハに対してまったく楽譜なんか貸そうとしなかったんですよ。それでバッハはこっそり兄の部屋の中にもぐり込んで毎日少しずつ暗記していったわけです。まあそういう努力がのちに偉大な音楽を生んだわけですけどもね。おまけにバッハの奥さんてのは子供を20人も生んじゃった」
玲子「(思わず笑う)」

● 井の頭公園
  三人、池のほとりを歩いている。
 「僕は都心に住んでましたからね、小さい頃は。だからあなた方みたいにふんだんに遊ぶ場所がなかったんですよ。野球なんてやろうもんなら、3つのベースつくるのにえらく往生しましてね。それで悟ったわけでよ、ホーム・ベースまで取られちゃ野球できないって。つまり、子供の僕にとってホーム・ベースてのは、守るべきものだったんだな。守るべきものを持ち続けなくちゃ人生エンジョイできない。まあそういうわけでね、立川に住んでた6年前てのは、油絵とか写真とか文学とか、実にいろんなことに手出して模索してたんですよ」
玲子「それでその、守るべきものって見つかりました?」
 「まず、健全なる身体かな。宵越しの金も必要だけどね」
 「(ハハハっと笑う)」
玲子「ね、明にとって守るべきものって何?」
 「僕? 僕は天気予報だな」
玲子「天気予報? どういう意味?」
 「だから朝の天気予報を守るってことさ。高校のときなんかやたら凝っちゃってね。毎朝欠かさず新聞の天気図見てたんだよ。科学の進歩てやっぱり凄いよ。ほとんど当たっちゃうからね。朝まるっきり晴れてても夕方から降りそうな気配あると、必ず持って行ったもん、傘を」
玲子「まあよく恥ずかしくなかったわね」
明 「そりゃそうですよ。何てたって明くんは、天気予報をカサに着てたんだから」
玲子「(思わずくすりと笑う)」
 「何か今日は押されっぱなしだな」
玲子「年の功よ。諦めなさいな」
 「うん」
 「いや、諦めるこたないよ。僕はね、25過ぎてから歳を一つずつ減らすことに決めたんだ。来年にはあなた方とご一緒ですね」
玲子「あら、私は2年後だわ」
 「2年後?」
玲子「まだピチピチの20歳ですもの」
 「羨ましいなあ」
 「この前、彼女に言ったんだよ。君の可能性ってのは太陽エネルギー並みだって」
 「じゃ明くんは、写楽並みだ」
 「写楽並み?」
 「浮世絵の東洲斎写楽さ。彼はね、生涯に百数十枚の傑作を残したんだけど、それをたった一年でやってしまったんだ。そして忽然と姿を消しちゃった」
 「ひでえなあ。僕はですね、ぶつくさ言いながら長生きするつもりなんですよ」
玲子「でもあと一年の命ってなれば、人間何か出来るものよ」
 「せいぜい僕は洗濯くらいだな。コインランドリーなんかにお世話にならず、ひのき製の上等の洗濯板なんか使ってさ、ゴシゴシやりながら人生泡のごとく、なんて感慨に耽るわけだ」
玲子「それで?」
 「それで清く正しく糊づけを忘れず一生を終える」
 「(空笑いし)僕だったらね。真面目に遺言を書きますね。トイレット・ペーパーみたいに長々とそれも財産分けのことを書くんですよ。まあ明くんだったら、サントリーのビール券にアレン・スミスの『いたずらの天才』て本。それに人間辛抱だ、て書いた色紙」
 「(ハハハっと笑う)」
 「それで最後にこう書くんですよ。『押入れの中に丸秘と書いた箱がある。私の友人とおぼしき者たちはすべからくその箱を取り出し、弁護士の立会いのもとで火をつけるべし。ただし、中を絶対見てはならぬ』てね」
玲子「何が入ってるんです?」
 「バクチク」

● 三百人劇場
  チェンバロ演奏のバッハが流れている。
玲子「ああ、ほんとにバッハかかってるわ」
 「何かこう、タキシードじゃないとヤバイって感じだな」
玲子「たちまちつまみ出されるわよ」
 「そう改まるこたないよ。寄席の出囃子みたいなもんだから」
玲子「(くすりと笑う)」
 「ね、この辺に座らない?」
玲子「ええ……ね、真さんって割りとああいうの好きなんでしょ、寄席なんか」
 「子供の頃、よく親父に連れてってもらいましたよ。新宿の末広亭なんか。で、帰りにご機嫌になった親父が江戸前のいいやつをホイホイ食わせてくれましてね。それが一番楽しみだったなあ。お陰でね、トロを食わなきゃ洒落が出なくなっちゃった」
 「(ハハハっと笑う)」
 「それにね、後日談てのがありましてね。親父は当然寿司屋で剣菱かなんか呑むわけですよ。いい調子で円生なんか真似しちゃって。で、僕はっていうと隣りで物欲しそうにおちょこ眺めながらお茶をすすってたわけですね。でまあ、当然の成り行きっていうか、大人になった反動で寄席も寿司もやめてお酒に専念しちゃった」
玲子「(思わず笑う)」

● 映画「鬼火」〜インターミッション〜
  「ジムノペディ第1番」(作曲、エリック・サティ)が流れる。


  (後編に続く)
MEMORIES’77(後編)



● 引用された映画

「卒業」(監督:マイク・ニコルズ)
     アメリカ映画 1968年、日本公開 原題:The Graduate
     米アカデミー賞監督賞受賞
     英アカデミー賞作品賞受賞
     テーマ曲「サウンド・オブ・サイレンス」(サイモン&ガーファンクル)

     メーカー:ジェネオン・ユニバーサル
     メディア:Blu-ray

「巴里の屋根の下」(監督:ルネ・クレール)
     フランス映画 1931年、日本公開 原題:Sous les toits de Paris

     メーカー:ファーストトレーディング
     メディア:DVD

「鬼火」(監督:ルイ・マル) 
     フランス映画 1977年、日本公開 原題:Le Feu Follet
     ヴェネチア映画祭審査員特別賞受賞

     メーカー:IVC
     メディア:DVD


● 引用された小説

「アメリカの鱒釣り」(著者:リチャード・ブローティガン)
     初版:1975年

     出版社:昌文社
     メディア:単行本

「この日をつかめ」(著者:ソール・ベロー)
     初版:1971年

     出版社:新潮社
     メディア:文庫

「さようならコロンバス」(著者:フィリップ・ロス)
     初版:1977年

     出版社:集英社
     メディア:文庫

「ナイン・ストーリーズ」(著者:J・D・サリンジャー)
     初版:1974年

     出版社:新潮社
     メディア:文庫

「飛ぶのが怖い」(著者:エリカ・ジョング)
     初版:1976年

     出版社:新潮社
     メディア:文庫


● タイトル、登場人物のみ引用された小説

 「ハーツォグ」(著者:ソール・ベロー) 早川書房
 「ライ麦畑でつかまえて」(著者:J・D・サリンジャー) 白水社
 「サリンジャー選集2 若者たち」(著者:J・D・サリンジャー) 荒地出版社
 「ファーブルの昆虫記」(著者:ジャン・アンリ・ファーブル)
 「恋愛論」(著者:スタンダール)
 「ジュリアス・シーザー」(著者:ウィリアム・シェークスピア)
 「ベニスの商人」(著者:ウィリアム・シェークスピア)
 「変身」(著者:フランツ・カフカ)
 「ドグラ・マグラ」(著者:夢野久作)



● 使用、引用されたアルバム (音源、すべてLPレコード)

 「MISSLIM」(荒井由実) 1974年発売 EXPRESS

 
 「SONGS」(シュガーベイブ) 1975年発売 Niagara

 
 「NIAGARA TRIANGLE VOL.1」(大滝詠一、山下達郎、伊藤銀次) 1976年発売 Niagara

 
          「CIRCUS TOWN」(山下達郎)
           1976年発売 RCA


          「SPACY」(山下達郎) 
           1977年発売 RCA



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posted by マンハッタン坂本 at 00:00 | Comment(0) | 映画全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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