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2011年03月15日

退屈しない新幹線の乗り方。

九州新幹線.jpg
                                             九州新幹線「さくら」 (熊本駅付近)
退屈しない新幹線の乗り方。
introducing 「新幹線をつくった男たち」「新幹線大爆破」

九州に関心のない人は、必ずと言っていいほど福岡博多の区別がつかない。その原因は、1975年、国鉄時代に開業した山陽新幹線博多駅の存在が大きい。
さかのぼれば、1962年、現在の場所に駅舎が移転した際、福岡市のターミナル駅にもかかわらず、博多駅という名前が残ったからだ。

厳密に言えば、もともと博多という地名は、博多湾に面した一部の地域のことだった。だが、1972年に福岡市が政令指定都市となった際、行政上博多区という名のもとに、その地域が中洲を含めて拡大したのだ。

どんたく祇園山笠の大半が博多区で行われるので、祭りの好きな人が福岡市を博多市と思い込んでもやむを得ない。ラーメン辛子明太子の頭に博多がついても差しつかえない。

ただし、全国に支店を持つ博多一風堂ラーメンの本店は博多区になく、元祖長浜ラーメンは店舗すらない。博多幼稚園も博多区になく、福岡ソフトバンク・ホークスのヤフオク・ドームも当然博多区にない。かつて福岡藩は存在したが、博多藩も博多銀行も存在したことがない。

こんばんは、マンハッタン坂本です。

かつて肥後国と呼ばれた熊本は、九州の中心地だった。新幹線博多駅ができてから、あっという間に九州の中枢が福岡に移った。
残ったのは、熊本城阿蘇山黒川温泉、そして九州一の芸術とファッションのセンスである。その証拠に、熊本に出店してから24年後に、福岡にPARCOがオープンした。

熊本城
熊本城 / labocho
 


1964年10月1日、東京オリンピック開催直前に東海道新幹線が開業した。西のターミナル駅である新大阪駅は、当時大阪市東淀川区に位置した。当初、東淀川駅を統合廃止して新幹線の駅を建設する予定だったが、地元住民の要望で東淀川駅は残った。
言うまでもないが、新大阪市は存在しない。
 

「二十歳でも、夢のないやつは老いぼれなんだ」

終戦から10年後の1955年、国鉄総裁に就任した十河(そごう)信二(三國連太郎)は、そう言って当時55歳だった島秀雄(松本幸四郎)を技師長として復帰させる。

欧米先進諸国では次々と線路がはがされた時代、敗戦で失った自信と誇りを日本国民に取り戻させるためには、世界最速の弾丸列車を実現するしかない。
戦時中、東京・下関間、果ては海底トンネルで北京まで繋ぐ超高速鉄道プロジェクトを推進したのは島の父親で、列車の設計をしたのは島秀雄自身だったからだ。

国鉄の重役から総スカンを食った二人は、「東京―大阪間、3時間の可能性」と銘打って講演会を開く。聴衆の関心は高く、協賛した新聞も大きく取り上げる。重役も政治家も東海道新幹線プロジェクトを後押しせざるを得なくなる。

島の古巣である鉄道技術研究所では、旧陸海軍からスカウトした技術者たちが小田急ロマンスカーを使って在来線の高速化を証明し、時速163キロで走る特急こだまで東京・大阪間を6時間で走らせる。

プロジェクトは弾丸列車用に掘っていた新丹那トンネルの起工式から始まる。用地買収のために呼び寄せた大石重成(林隆三)と島が算出した3000億円の予算のうち、2000億近くを国に認可させ、世界銀行の融資を受けさせたのは、二人のハッタリのお陰である。

モデル線で時速256キロの新記録を樹立する。
だが800億円に上る予算超過で、十河の再任は絶たれ、後を追うように島も辞任する。
1964年、新幹線三羽烏と言われた十河信二も島秀雄も大石重成もいないまま、全長515キロを時速200キロで走る東海道新幹線が開業する。

その様子を自宅のTVで見る島。十河から電話がかかってくる。無事に走って良かった、とお互い涙するのだった。

隠居生活をしていた十河信二は、政治家から担ぎ上げられ70歳過ぎで国鉄総裁を引き受けた。その年寄りが現場との橋渡し役として島秀雄を口説き、定年男が現場監督として大石重成を引っ張ってきた。三人だけが「新幹線をつくった男たち」ではないが、彼らが多くの人々を動かし、夢を実現した。何よりも国鉄を愛したからだ。
 (注釈1)



「新幹線危機一髪」というタイトルなら協力してもいい、と条件を出した国鉄は正しい。
「新幹線大爆破」というタイトルは、誰が見ても安易なパニック映画のイメージしかわかない。三人の犯人はもちろん、それに対抗する国鉄や警察の人間がきちんと描かれているにもかかわらず。

主犯である沖田(高倉健)は町工場を借金でつぶし、妻と子供に逃げられている。古賀(山本圭)は反体制的なもと学生運動家。大城(織田あきら)は沖田に拾われたバイク好きの若者。三人は「誰も殺さない、誰も殺されない」完全犯罪を目論んでいる。

東京発博多行きひかり109号に爆弾を仕掛けた、と沖田は国鉄本社に電話をする。時速80キロまで減速すると爆発すると言う。それを証明するため、時速15キロまで減速した夕張線の貨物列車を爆発させる。工場で作った電磁式速度計を応用したのだ。

109号の前方で故障車が立ち往生する。ATC(自動列車制御装置)が作動してブレーキがかからないように、浜松駅の分岐点で上り線路に乗り換える。
倉持運転指令長(宇津井健)は、109号の運転士・青木(千葉真一)に的確な指示を出す。
博多駅まで最大6時間。停車なしののろのろ運転で、1500人の乗客がパニック寸前となる。

「どんなに小さな変事でも停める。これが新幹線保安の理念でしてね、犯人はそこをついた恐るべきやつなんです」

そう言って人命優先を主張する倉持だが、警察は犯人逮捕にやっきになる。
500万ドルが入ったジュラルミン製のトランクを回収し損なった大城は、バイクで逃走中に事故死する。
アジトを発見され警察に囲まれた古賀は、自爆する。
第2案の回収に成功し戻ってきた沖田は、車の中からそれを見届ける。

爆弾設置場所を記した図面を、あらかじめ沖田が預けていた喫茶店の火事で消失する。
自力でその場所を突き止めるべく高速度撮影を試みることになり、倉持は青木に危険な減速を命令する――「今、新幹線の科学技術と管理方法が試されてるんだ」
運よくダイナマイトの起爆線を切断する。無事109号は停車する。
高飛びするために羽田空港にやって来た沖田を警察に教えたのは、別れた妻だった。
  (注釈2)



1963年に公開になった刑事サスペンス映画の傑作「天国と地獄」で、三船敏郎が身代金の入ったカバンを投下するこだま号は、当然のことながら在来線特急である。
僕は長い間、新幹線こだま号で撮影したと思い込んでいた。


2011年3月12日、九州新幹線鹿児島ルートが全線開業した。
それに向けて、福岡県久留米市は、「ふるさと特別大使」として久留米市出身で女優の田中麗奈を任命した。「商店街の人通りが少なくなってさみしい」ので、たくさんの人に久留米を知ってもらいたいと意欲的だ。

実を言うと僕は、久留米一番街に昔からある映画館を立て直す手助けを頼まれたことがある。それが実現していたら、田中麗奈と仕事ができたかもしれない。
現在住んでいる僕の本当の故郷である熊本市では、熊本県宣伝部長のスザンヌと熊本県知事が新幹線熊本駅のPRに励んでいる。

福岡市の一人勝ちのお陰で、かつての賑わいを失った都市は、熊本や久留米だけではない。停車駅のある都市は、九州新幹線全線開通をきっかけに、観光客を呼び込もうと画策している。まるで東京に対抗して各道府県で制作される「美少女図鑑」のような様相だ。




蛇足ながら、九州に関心のない人は、九州と福岡の区別もつかない。
福岡大学は私立で、九州大学は国立である。北九州市に位置する九州工業大学(中学・高校時代に僕はその近くに住んでいた。驚いたことに、かつて裏門近くにピンク映画館があり、若松孝二監督の「胎児が密猟するする時」がかかっていた)も国立だが、北九州大学は市立である。

北山修が教鞭をとった九州大学はもと九州帝国大学で、熊本大学は夏目漱石が教鞭をとった第五高等学校が母体である。あしからず。

あまり知られていないことだが、熊本の酒造方式は、日本酒の基本となっている。



お節介ながら、今回の東日本大震災で、他県へ移住を考えている方へ。
熊本県はお勧めです。大地震なし。大津波なし。豪雪なし。最近は台風も来ない。(豪雨は少々あり)
水道水は、すべて地下水なので生で飲める。地価は安い。温泉多数あり。避暑地の阿蘇地方へ行けば空気は新鮮、食材も新鮮、スイーツは抜群に美味しい。
食糧は自給自足可能。日本酒、焼酎、サントリー工場のビール、よりどりみどり。その他いろいろ。
阿蘇中岳、雲仙普賢岳の噴火の際は、多少火山灰あり。
ちなみに、過去の大災害。
「昭和28年(1953年)西日本水害・白川大水害」 熊本県の被害は、死者・行方不明者537名。
※現在、治水事業の整備により大規模水害の可能性はほとんどない。
「島原大変肥後迷惑」 1792年、雲仙普賢岳の大噴火により島原・熊本合わせて約15000名死亡。
※約200年ぶりに普賢岳が大噴火を起こさない限り、安全。もしそれが起こったら、連鎖反応で「日本沈没」するかもしれない。




注釈1、「新幹線をつくった男たち−夢よ、もっと速く−」
      テレビ東京開局40周年ドラマ 2004年11月3日放映
      原作:高橋団吉「新幹線をつくった男 島秀雄物語」

      メーカー:ビクターエンタテインメント
      メディア:DVD

注釈2、「新幹線大爆破」(監督:佐藤純弥)
      日本映画 1975年製作 英題:SUPER EXPRESS 109

      メーカー:東映ビデオ
      メディア:DVD


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posted by マンハッタン坂本 at 00:00 | Comment(0) | 映画全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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