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2011年09月14日

乙女心はシュールレアリスム。

[ M ] Joan Miró - Femme au miroir (1957)
[ M ] Joan Miró - Femme au miroir (1957) / Cea.


乙女心はシュールレアリスム。
introducing 「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」「ドレミファ娘の血は騒ぐ」

とりあえず、分かるようでわけわかんない体験をしたとき、「シュールな」なんて形容詞をつければいい。
奇妙な(strange)神秘的な(mysterious)奇跡的な(miraculous)奇異な(odd)体験でもいい。驚異的な(wonderful)想定外な(unsupported)ありえない(impossible)体験でもいい。

相手がわけわかんない言動をしたり、わけわかんない行動をしたり、わけわかんない思考をしたり、わけわかんない想像をしたりしたとき、「シュールな」なんて形容詞でやり過ごせばいい。

もとは1920年代にフランスで興った芸術運動である「シュールレアリスム(超現実主義)」から転じた日本の造語だから、「シュールな女子だ」なんて言っても気を悪くしないはずだ。
エッシャーのだまし絵を見てるみたいだ、なんて少しでも具体性のある表現を使うと、顰蹙を買うにちがいない。

若者のツイートを眺めていると、わけわかんない略語がいっぱい出てくる。仲間同士しか分からない略語なのか、ガールズ・トーク特有の略語なのか、業界人の隠語なのか、皆目見当がつかない。
誰もが知っている言葉の組み合わせで「シュールな」気分を表現する方が、僕は好きだ。

ハイホー、マンハッタン坂本です。

度の強い眼鏡を外すと、和合清深(佐津川愛美)は美少女である。ネクラで喘息持ちなところが、ケータイの繋がらない山奥の村に棲息する美少女らしい。
彼女は中学生のとき、ホラー漫画の新人賞を獲得する。話の主人公は姉の澄伽(佐藤江梨子)である。女優になりたい姉は、父親から上京を許してもらえない。逆上した彼女は父親にナイフを振りかざす。襖の隙間からその様子を見ていた清深が大声で兄(永瀬正敏)を呼ぶ。澄伽の手からナイフをもぎ取ろうとした反動で、兄が額を刺される。その顛末をホラー仕立てにしたのだ。

4年後、清深の目の前で両親がダンプカーに轢かれる。道路の真ん中で身動きしない猫を助けようとしてバラバラにされたのだ。葬式で東京から姉が帰ってくる。嫌がらせのように猫のぬいぐるみを土産にもらう。
部屋にずかずかと入ってきた澄伽から変なもの描いてないか訊かれ、清深はか細い声で否定する。

澄伽が有名な映画監督と文通を始める。事務所の力不足で芽が出ない女優で、事情があって田舎に戻っている、と真っ赤な便箋で書き綴る。ロクに芝居も出来ないのに性格が悪い、と苦情が殺到し事務所をクビになったことなどおくびにも出さない。おまけに、ヤクザから100万円近い借金をしバックれてきた。

姉の暇つぶしの相手をしていたセックスレスの兄嫁の待子(永作博美)が入院する。清深はあからさまに姉からいたぶられる。裸の写真を撮るため、湯船に熱湯を入れられる。村の年寄りたちの前で、姉を賛美する歌を歌わされる。その度に、後妻の連れ子で血のつながりない兄が止めようとするが、手ぬるい。

文通相手から新作の出演依頼が来、清深はやっと姉から許される。
兄とキスをしたあと、カッターを首につきつけ、約束破って待子さんとやったでしょ?と詰め寄る澄伽を盗み見する。ガラス戸の陰で伏せた姿を兄に見つかる。

兄が自殺する。清深は家を出て漫画家になる決心をする。漫画賞のグランプリで100万円を手に入れたからだ。またしても主人公は姉の澄伽で、女優を諦める話である。
見とって痛々しいと言うか恥ずかしいと言うか演技以前よと姉に言い放ったあと、清深は配達されない姉の手紙の束を取り出す。

「あたしも結局変われんかった。ゴメンね」


教訓:ホントのことを言うと、叩かれる。「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」ラスト・バトルより)
   (注釈1)



「人は誰でも、男と女のことで、頭がいっぱいになる時期がある。恋愛へと至る、冒険を求めて、田舎から都会へ、大学の外から中へと、闇雲に侵入して行ったときの私は幸せだった」

おカッパな髪型の秋子(洞口依子)は、高校の先輩である吉岡と結婚するため、彼が通う東京の大学を訪れる。キャンパスは恥知らずな大学生でいっぱいである。いきなり写真を撮る男子学生、学生寮の自室でオナニーに耽る女子学生、サークルの部室でセックスをする男女。ベージュのレインコートを着た吉岡もそんな学生のひとりだ。

「私はこそこそいじいじした女じゃない。笑う女だ。男のバカ笑いとは違う。ただひとつ、最良の微笑さえあれば完璧だ。この微笑の謎が解ける?」

吉岡を捜しに入った心理学科のゼミ室で、秋子は平山教授(伊丹十三)と出会う。彼の著書である「新自由心理学」を渡される。
吉岡に失望した秋子は、教授の部屋を訪れる。平山が風邪で伏せっている。彼女が汲んだコップの水を飲むと、たちどころに元気が出る。

「私、恥知らずなんです」

教授の目の前で、処女でないことを吉岡に暴露された秋子は、平山の実験室で肩を落とす。

あなただけが真の恥ずかしさを知ることができる、そう言って教授は「究極的恥ずかし変異」の実験を始める。
全裸となった秋子は、されるがままに実験台に横たわる。股間を開かれると、強烈な光を発する。実験装置が稼動する。頭に受信器を装着した教授が彼女の股間にマシンを挿入する。全身にのけぞるような痙攣が走る。覆いかぶさる教授の頭を両手で阻止する。
力尽きた二人は、愛し合っているかのように手を重ね合う。

フラッパーな髪型になった秋子は、大学生たちの仮想銃撃戦に参加する。
生き残った彼女は、ひとり子守唄を歌う。


教訓:ドレミファ娘の血が騒ぐと、髪型が変わる。
   (注釈2)



「ああ、いつも耳にする言葉じゃない言葉がこの世に少しはあってもいいのに!」

すらりとした黒髪の美人で、ずごくたくさんほくろがある雪白姫が大きな声で言った。
僕らは朝食のテーブルを囲みながら顔を見合わせた。
「殺戮と創造!」ヘンリーが言った。
「それは一度も耳にしたことないな」雪白姫が言った。

雪白姫は何を考えているのか? 誰も知らない。
「どうして水がほしいんだい、雪白姫?」
「たくさんお花に咲いてもらうの」
近頃、彼女は重苦しい紺のだぼだぼの不恰好なキルトの人民義勇軍ズボンをはいている。

彼女は何を待ち望んでいるのか?
「いつかあたしの皇子様がきてくださることよ」
つまり雪白姫のいう意味は、自分を「完全」にしてくれる者が到来するまで、自分自身の存在を不完全なものとして生きるということだ。

などなど。


ドナルド・バーセルミのシュールな短編連作「雪白姫」第1部の抜粋である。僕が適当に選んだ。乙女心に関する僕の認識なんてこの程度だ。
50過ぎのオヤジに、これ以上何が分かる?
   
「雪白姫」(著者:ドナルド・バーセルミ)
       アメリカ小説 初版:1967年 原題:Snow White

       出版社:白水社
       メディア:新書



注釈1、「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」(監督、脚本:吉田大八)
      日本映画 2007年製作 
      原作:本谷有希子
      ワルシャワ国際映画祭「フリー・スピリット」部門大賞受賞

      メーカー:アミューズ・ソフト・エンタテインメント
      メディア:DVD

注釈2、「ドレミファ娘の血は騒ぐ」(監督:黒沢清)
      日本映画 1985年製作

      メーカー:ジェネオン・エンタテインメント
      メディア:DVD

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posted by マンハッタン坂本 at 00:00 | Comment(0) | 映画全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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