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2013年06月03日

病に花を贈りませう。

Freesia hybrides
Freesia hybrides / ARTESANIAFLORAE


ホントのことを言うと、よく、しかられる。 PARTT

病に花を贈りませう。
introducing 「叫びとささやき」「病院で死ぬということ」

死ぬまで元気でいたい。
だらだら長患いしたくない。苦しみながら臨終を迎えたくない。
どうせ死ぬならポックリいきたい。

そんな熱い想いに水を差す人は少ないと思う。
そう願っても、人生ままならぬもので、突然末期ガンを宣告されたりする。

「悟りといふ事は如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思つて居たのは間違ひで、悟りといふ事は如何なる場合にも平気で生きて居る事であった」

苦しみながら死んだ正岡子規の言葉は重い。

運悪く病に倒れ、ポックリいきそうにない場合、病と仲良くするしかない。
自分の病に花を贈ってもいいじゃないか。

ハイホー、マンハッタン坂本です。


白い日傘を差し、白い帽子をかぶり、真白いドレスに身を包んだ3姉妹が湖畔のイチョウ並木を散歩している。少し遅れて家政婦のアンナ(カリ・シルヴァン)もついて来る。
病弱なアングネス(ハリエット・アンデション)にとって、家から出るのは久しぶりだ。少女のころに戻ったようだ。
みんなで笑いながらブランコまで走る。3人仲良く座る。アンナが優しく揺らしてくれる。
苦痛が消える。一番大切な人たちがそばにいる。至福のときだ。
「時よ、止まれ」と願う。

だが時は止まらなかった。
床も壁もカーテンも真紅に囲まれた部屋のベッドで目覚めると、妹のマリーア(リヴ・ウルマン)が安楽椅子で眠りこけている。白いドレスのままだ。
窓を開け外の景色を眺める。日記を綴る。

少女時代のことを思い出す。美しい母はいつも妹とささやき合っている。
母の顔があまりに悲しそうなので、思わずほおに触る。一瞬だけ母に近づけた気がする。

夜、痛みが走る。アンナが介抱してくれる。
呼吸困難におちいる。姉のカーリン(イングリッド・チューリン)とマーリアがかけつける。
何時間も果てしなく苦しい。叫び続ける。
やっと小康状態になる。身体を拭いてもらう。妹が本を読み聞かせる。
再び激痛が走る。助けて!と叫ぶ。やがてアングネスは息をひきとる。

ベッドに横たわり白い死装束となったアングネスの部屋へ、牧師と共に喪服を着た姉妹が入ってくる。牧師が聖書を読み上げる。
別室でカーリンが財産関係の書類に目を通していると、マリーアが入ってくる。仲良くしようと媚びてくる。私に触らないで!と言う。
食事の席で、姉は妹に対する憎しみをぶちまける。部屋の外に出た途端、後悔する。出て来た妹に向って許しを乞う。仲直りし語り合う。

泣き声が聞こえる。アンナがアングネスの部屋へ向う途中、姉妹が茫然自失となっている。
中に入ると、アングネスが息を吹き返している。
カーリンが呼ばれる。手をとって温めて、と死んだはずの妹が言う。このままおとなしく死んでちょうだいと吐き捨てて出て行く。
マリーアが呼ばれる。姉に頬ずりをされ、半狂乱になって出て行く。
泣きじゃくるアングネスのもと、アンナが戻る。半裸になってアングネスを抱きしめる。

「叫びもささやきもかくして沈黙に帰した」

  (注釈1)



べッドが6台ある病室に、ガン患者の山口が入院してくる。まだ40代で若い。二人の子供もまだ小学生だ。
着替えてまもなく担当医師の山岡(岸辺一徳)が診察に来る。手術に耐えられる身体か検査したあと、大丈夫だと判断したら手術を行うと言う。

手術が終り、やがて退院の日を迎える。
順調な経過だったため、ガンが取れなかったと言えず、山岡は患者を送り出す。
山口は元気に社会復帰していく。

再び入院する。頼んでいた本を妻が買ってくる。
黄だんとか不愉快なことが増えるかもしれないが、頑張って行きましょうね、と山岡が言う。
小学生の息子がハーモニカを持って来る。屋上で吹くよ、と弱々しく言う。

個室に移る。ずっと点滴をしたままだ。
会社の同僚が見舞いに来る。早々と引き上げる。
右目に眼帯をする。長い本が読めない、生きてることにならない、と山口が医師をなじる。
山岡が言い訳をする。見るに見かねて、妻が懇願するように医師の背中を押してドアまで行く。

山口は、末期ガンを告知される。
やっぱりそうだったんだ、と吐き捨てるように言うが、落ち着いている。
希望を捨てないで下さい。山岡はそう言うのがやっとである。

京都の言葉の方が優しくていいですよね、と新潟出身の山口が言う。
分かります? と山岡の声にも安堵感が漂う。
もう一度だけ自宅に戻りたい、と山口が意思表示をする。

子供たちには3日間と言いつつ、5日も外泊する。知らないで学校から帰ってきた子供たちの笑顔が最高だ。
親がニコニコしていると、いつの間にか子供もニコニコしてくるものだ。

「子供たちのために、一日でも長く生き延びたい。何でもやってけれや」
「そうしまひょ」


山口は子供たちへ遺書を書く――「死を乗り越えることができるのは、勇気でも、諦めでもない。愛なんだ。お父さんは、心の底からお前たちを愛している。さようなら」

   (注釈2)



2007年、「叫びとささやき」のイングマール・ベルイマン監督は、スウェーデン・フォーレ島の自宅で89歳で亡くなった。
2008年、「病院で死ぬということ」の市川準監督は、食事中に倒れ、翌日未明、かつぎ込まれた渋谷区の病院で59歳で亡くなった。脳内出血だったため、病院で死ぬと言ってもあまりにあっ気なかった。


毎度言っていることだけれど、この世は生きている人たちのために存在する。

未曾有の大災害に遭遇すれば、生きるか死ぬかは紙一重だ。
幸いにして生き延びた人たちは、肝に命ずべきだと思う。自分たちは、不幸にして犠牲になった人たちに生かされているのだと。生きているだけで丸儲けだと。

人類でなくても、生まれてきた以上いつかは死ぬ。悲しいことに死を意識し、死に怯えるのは人類だけだ。
地球を破壊しつくしている以上、当然の報いかもしれない。


「悟りといふ事は如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思つて居たのは間違ひで、悟りといふ事は如何なる場合にも平気で生きて居る事であった」

繰り返すけれど、死の間際に正岡子規が悟ったことには説得力がある。
肝に銘じたいと思う。


「次の瞬間に死ぬって思いながら、暮すべきなのよ」

ココ・シャネルはそう言っている。
そんな風に思いながら生きていけたら、幸せなのかもしれない。




注釈1、「叫びとささやき」(監督、脚本:イングマール・ベルイマン)
      スウェーデン映画 1972年製作 英題:Cries and Whispers
      米アカデミー賞撮影賞(スヴェン・ニクヴィスト)受賞

      メーカー:ハピネット・ピクチャーズ
      メディア:DVD

注釈2、「病院で死ぬということ」(監督、脚本:市川準)
      日本映画 1993年製作 英題:For Patients,norses,doctors and other people
      原作:山崎章郎

      メーカー:アスミック
      メディア:VHS

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posted by マンハッタン坂本 at 00:00 | Comment(1) | 映画全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
心に響きました。
誰でも避けることの出来ない「死」。
Posted by きゅー at 2011年11月07日 20:36
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