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2014年03月11日

それでもみんな生きていく。

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R0021680 / OKAMOTOAtusi


それでもみんな生きていく。
introducing 「友だちのうちはどこ?」「そして人生はつづく」

2011年3月11日14時46分、僕は「ショート・カッツ」の紹介ストーリーを書いていた。原作であるレイモンド・カーヴァーの短編小説「ささやかだけれど、役に立つこと」をメインとしたツギハギ・ストーリーである。
クローズ・アップする台詞は決まっていた。村上春樹が訳した原文はこうである。

「よかったら、あたしが焼いた温かいロールパンを食べて下さい。こんなときには、物を食べることです。(それはささやかなことですが、助けになります)」

日本の何処に居ようと、3・11の呪縛から逃れることは出来ない。
映画人は、映画を通して何ができるのだろうかと思い悩んだ。
行動力のある記録映画人は、震災直後の被災地や避難所にカメラを持ち込んで撮影を始める。
劇映画人は、製作を中断して3・11が存在する脚本に書き直しする。あるいは、3・11の影響を受けつつ能天気なダンス・シーンの段取りをつける。あるいは開き直って、悪人たちが殺し合う映画の準備を始める。

多くの映画人と同様に自分の無力さを感じつつ、映画製作のできない映画紹介屋の僕は、名作映画を紹介する。名作映画から学んだことを開陳するしかない術がないからだ。
今回は、地震前と地震後をテーマにしたイラン映画である。

ハイホー、マンハッタン坂本です。

1990年、サッカー・ワールドカップ・イタリア大会グループC最終戦、ブラジルがスコットランドを1対0で下した日、イランではマグニチュード7.4の大地震が発生した。
テヘランの北西、カスピ海に近い3つの都市と700に及ぶ村を襲ったマンジール・ルードバール地震は、4万人の死者と6万人の負傷者を出した。50万人が我が家を失ったという。

二つの映画は、地震の犠牲となったコケルとポシュテというちっぽけな寒村にまつわる話である。
前半は地震前に、後半は地震後に撮影された。



「今度ノートに書かなかったら、退学にするぞ」

先生の言葉を真に受けた8才のアハマッド(ババク・アハマッドプール)は真っ青である。彼自身が言われたからではない。家に帰って宿題をやろうとしたとき、カバンの中に友だちのノートが紛れ込んでいたからだ。
友だちとは隣りの席に座るモハマッド=レザ・ネマツァデで、従兄の家にノートを忘れてきた彼は宿題を紙切れに書き、先生にこっぴどく叱られのだ。

ノートを返さないと友だちが困ると必死にアハマッドは母親に訴えるが、明日返せばいいと言われる。2冊のノートを振りかざし執拗に食い下がるが、宿題をしなさいと何度も言われる。
赤ん坊を抱えて母親が家の中に入った隙に飛び出していく。

アハマッドは、小高い丘のジグザク道をかけ登り、友だちが住む隣り村のポシュテへ急ぐ。
住人に片っ端から尋ねるが、ネマツァデ家を知る者はいない。教室で背中が痛いと言った同級生とバッタリ出会い、場所を教えてもらう。それらしき家で友だちの名前を呼ぶが応えがない。近くの住人に尋ねても誰も知らない。

友だちの従兄を追ってコケルに戻る。
ノートを借りてメモ用に一枚ちぎった男がネマツァデと呼ばれる。ロバに乗って隣り村へ戻るので、あとを追い再びジグザグ道をかけ登る。
男の家で手伝いをする息子に友だちの家を尋ねる。羊を飼っている家かもしれないと教えてくれる。

探しているうちに、すっかり陽が暮れる。
のこぎりを切る老人に道案内をしてもらう。村じゅうのドアを造ったのに、鉄製に替えられたと愚痴を聞かされる。やはり誰もいない。
仕方なく家に戻る。食欲がないので、宿題を始める。

翌日、アハマッドは始業時間に遅れる。モハマッドの隣りに座り、宿題やってあるからねと言ってノートを手渡す。
二人の前へ先生が来る。ノートが逆になっている。書き取りをチェックされる。モハマッドのノートを見て、よろしいと先生が言う。
   (注釈1)



イラン大地震の5日後、「友だちのうちはどこ?」に主演したババクが住むコケルを目指し、映画監督(ファルハッド・ケラドマン)が軽自動車でひた走る。後部座席に幼い息子のプヤが乗っている。
通り過ぎる村は一面瓦礫の山、泥と干しレンガで作られた家はことごとく崩壊。生き残った住人たちが黙々と片付けをしている。

舗装された幹線道路は車で大渋滞。監督は仕方なく脇道にそれる。
コケルへの道を尋ねると、本道を通った方がいいと言われる。道はあるが亀裂が入って通れないとも言われる。
歩いてコケルへ帰る男が村は全滅したと言う。正しい道を教えてくれるが、その車で行くのは無理だ。

途中、ロケしたジグザグ道が見える。
隣り村のポシュテで老人役をしたルヒさんを乗せる。地震は腹をすかせた狼のようだ、死んで初めて生きてるありがたさが分る、とルヒさんが言う。
映画の中で使った家に案内される。自分の家を失ったからだ。

全壊を免れた家に住む人たちの中に新婚らしき青年がおり、声をかける。地震の翌日に結婚したと言う。60人か65人くらいの親戚をいっぺんに失い、目上の人の指図を待つ必要がなくなったからだ。

「死は突然やって来る。せいぜい生活を楽しんでおくんだ。次の地震で死ぬかもしれん」

映画に出演した少年を車に乗せる。主人公の同級生で背中が痛いと言った子だ。崩壊した壁の下敷きとなりおじを亡くしたという。
ポシュテ村の住民たちが集まるテント村に到着する。彼の姉が恐る恐る地震のときの話をする。
ここに残ると息子が言い出す。ワールドカップを見るためにアンテナが設置されるからだ。

監督は独りコケルへ向かう。アンテナを立てる男が、主演したアブドラの息子が20分前に通ったと教えてくれる。
急ぎ車を走らせる。急な坂道が続く。軽自動車で容易に登れる道ではない。
何度も停車し、何度も後退しつつ車を走らせる。コケルへのジグザグ道をあきらめず前進する。
   (注釈2)




言い古されたことだが、生まれてきたばかりの赤ん坊だろうと、平均寿命をとうに過ぎた年寄りだろうと、明日死ぬかもしれないという点で平等である。
子が親より先に逝くなんて最大の親不幸だと言われても、自然は時として情け容赦なく人の命を奪っていく。
もちろん天災なのか人災なのか判別できない事態もある。
だがつまるところ、生き残った人たちが犠牲となった人たちの分まで生きるしかない。生き残った人たちがみんなで助け合って生き延びるしかない。


3・11東日本大震災がもたらした教訓は山ほどある。
不肖、映画紹介屋の僕に一つだけ進言させていただきたい。日本に生まれたことを感謝する一人の日本人として日本を守りたい一心からだ。

平地の少ない日本国の都市は、その大半が平野の真ん中にあり、そこに人口が密集している。
次なる巨大地震がその都市を襲ったなら、言うまでもなく多くの犠牲者が出る。
僕は今、日本でも比較的安全とされる熊本平野に住んでいる。もし巨大地震が僕の故郷を襲ったとしても、日本国は滅ばない。同様に、全国から注目を浴びている再開発途上の大阪平野がやられても、かろうじて持ちこたえられる。

だが関東平野を巨大地震が襲ったなら、間違いなく日本国は立ち直れない。熊本や大阪やその他の地域が総力を上げて頑張っても支えきれない。あまりにも首都機能が集中しているからだ。あまりにも人口が密集しているからだ。

何年以内に何パーセントの確率で巨大地震が首都圏を襲うなんてどうでもいい。自分が生きてるうちは発生しないと考えるのは迷信だ。
言い古されたことだが、首都機能を分散させるべきだ。
不可能ではない。関東平野で暮らす人々や関東平野を拠点として活動する人々がその気になりさえすれば、不可能ではないはずだ。

「ぼくたちが生きてるのは、みんなで助け合っていまを乗り切るためなんですよ。いまがどんなものであろうと関係ないんです」

尊敬するカート・ヴォネガットの息子で、小児科医のマーク・ヴォネガットが老いぼれの父親に出した手紙につづった言葉である。
3・11後に僕がツイートした言葉でもある。




注釈1、「友だちのうちはどこ?」(監督、脚本:アッバス・キアロスタミ)
      イラン映画 1987年製作 英題:Where Is The friend′s Home?
      ロカルノ国際映画祭銅豹賞受賞

      メーカー:パイオニアLDC
      メディア:DVD

注釈2、「そして人生はつづく」(監督、脚本:アッバス・キアロスタミ)
      イラン映画 1991年製作 英題:And Life Goes On  

      メーカー:パイオニアLDC
      メディア:DVD

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posted by マンハッタン坂本 at 00:00 | Comment(0) | 映画全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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