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2014年08月25日

(短編連作・2番煎じ公開) NAMIKO        または、1990年のフール・オン・ザ・ヒル (後編)

fool on the hill
fool on the hill / badgreeb fattkatt


                 柄にもなく、文学してます。 PARTX


               映画ファンのための自伝的コメディ




                        NAMIKO

                           または、

                1990年のフール・オン・ザ・ヒル



警告!警告!これは後編です。前回公開した前編のあとに、お読み下さい。 by フライディ

(パクリ記事一覧)
ジョークは学ぶものじゃなく、身につけるものだ。天使と呼ばないで。
ベートーヴェンの嫌いな日本人っているのだろうか。あれが最初で最後だった。
ずっとあなたを知らなかった。イタめしを食うところ、復讐の香りが漂う。
「ラプソディー・イン・ブルー」は、のだめのテーマ曲ではない。君の音色に恋してる。
運を味方に生き残れ。ハンバーガーってどんな食い物?
探せ されば 見つからん CERCA TROVAガキの恋を、なめたらいかんぜよ!
親父の背中に追いつくとき。丸眼鏡の男に悪いやつはいない。
僕はいつも大学時代に戻りたいと思っている。デキる女子に弱いのは何故?
「戦争を知らない子供たち」は、何を知っているのか。BGMな名画が好き。
「奥さまは魔女」のダーリンになりたかった。バレエ・ダンサーは、お芝居もお上手。
エリック・サティを聴きながら、アルコールに溺れてみたい。趣味はタータン・チェック!
「ダンス・ダンス・ダンス」は、ビーチ・ボーイズのヒット曲だ。人生は走馬灯の如く。
ただそばにいるだけでいい。ただ語り合うだけでいい。四川風味噌ラーメンなんて存在しない。
できれば一人旅は、何も起こらないで欲しい。スーパースターが死ぬと、荒稼ぎができる。





                            


 かつて「戦争を知らない子供たち」と呼ばれた頃、僕は高校の同級生の誰よりも戦争に詳しかった。人類が文明を築いて以来今日に至るまで、いつ頃何処でどんな戦争が起こり、結果どの国が滅ぼされ、どの国が領土を拡大したかをごまんと知っていた。
 教科書に載っていない戦争も知っていた。各国別に時代順にどんな戦争が起きたかも知っていた。かつて中国の支配下で安南(あんなん)と呼ばれた国が独立して大越と称した時代、西山(タイソン)党の乱が起こり、その後越南国となり、1884年に宗主権を巡って清仏戦争が勃発した、といった具合だ。
 当時の僕にとって、戦争は歴史の中の椅子取りゲームだった。僕の知識欲はゲームの名前を憶えることに夢中だった。
 現在進行形だったベトナム戦争ですら、その一つにすぎない。
 道理でクリーデンス・クリアウォーター・リバイバルの「雨を見たかい」を聴いても、心に止めなかったわけだ。彼らが見た雨は、ありふれたアメリカの雨ではなく、ベトナムに降り注ぐナパーム弾だったにもかかわらず。
 「フルメタル・ジャケット」のラスト・シーンを思い出す。たった一人のべトコン相手にあたふたと戦った若いアメリカ兵たちの行軍だ。彼らは恐怖心をふり払うかのように「ミッキーマウス・マーチ」を歌う。僕はそのシーンだけに参加した能天気な高校生だった。


「どうも気になるんだけど」大人になった僕は、親父に向かって第二次世界大戦当初の日本軍の侵略戦争について尋ねた。「あの戦争って、国家的な口べらし政策じゃなかったの?」
「表立って言ったら大変だ」徴兵された親父が同意した。それから笑いながら「新兵の命なんて安いもんだ。1銭(せん)5厘(りん)だ」
「1銭5厘?」
「赤紙の値段だ。訓練のとき上官からよく言われた。お前らは1銭5厘の価値しかない」
 驚きだった。日の丸の小旗と万歳三唱に見送られて出征した国民は、お国の宝ではなかったのだ。
 戦争を知らない僕にとって、新たな発見だった。


 いつものことだが、波子と会う度に彼女の中に新しい発見をする。愉快な驚きだ。僕はたちどころにそれが好きになり、そのことを正直に彼女に伝えた。声に出して言うと、とてもリラックスできるのだ。
 細身のジーンズに膝丈のロング・ブーツ姿で現れたとき、鉄腕アトムみたいだ、と言った。すると彼女は、そんなに太くないわと怒った。
 寝不足の彼女が5分間寝かせて、と言ってぴったり5分で目覚めたとき、カワイイ5分だった、と言った。すると彼女に、それ以外は可愛くないわけ、と噛みつかれた。
 波子は、スクリュー・ドライバーをおいしそうに飲む。あとから注文した僕には、幸せの味がした。
「君って、どんなヘアバンドでも似合うね」
「乙女チックだから?」
「こないだの三つ編みもよかった。その、紅いカチューシャもいい。どんな気分のときにするの?」
「機嫌が悪いとき」


 僕にとって女の子は、二つのタイプに分けられる。僕の想像力を刺激するタイプとそうでないタイプだ。統計的に言って前者は後者より圧倒的に少ない。また、僕の想像力を刺激するからと言ってその女の子がミステリアスだとは限らない。ミステリアスな女の子でもまったく想像力を刺激しない子もいるのだ。
 その点、波子はミステリアスで想像力を刺激し続ける女の子だった。彼女のことが気にならなくなり、彼女から触発されなくなったとき、たまらなく悲しくなるだろう。
 当時の僕は、単純にこう思っていた。もし一緒に歌ってくれる仲間がいれば、ア・カペラに挑戦したかもしれない――「君はとても魅力的な女の子だ。誰もが君を好きになる。でも誰よりも君が好きだ。ただそばにいるだけでいい。ただ語り合うだけでいい。それだけで幸せだ。お互いに恋人になれるよな、ドラマティックな決め手があれば、今ごろは優しい腕の中で、たそがれを見つめていたはずね」


 “開かずの扉”が開いたとき、僕にとって1989年11月に始まったベルリンの壁崩壊に匹敵する出来事だった。信じられないことだが、くるべきときが来たのだ。
 波子は右手にワイン・ボトルを、左手にグラスを二つ持っていた。光沢のある深紅のスーツを着ている。スカートは短めで、初めて見る服だ。
「飲む?」と、低い声で彼女が言った。
 少し緊張気味に頷いた僕は、彼女の目を見ながらボトルとグラスを受け取った。バルコニーへ誘導すると、波子が木製の椅子に腰を下ろした。夜景を眺めている間、冷蔵庫からチョコレートの盛り合わせを出し、テーブルの上に置いた。
 グラスにワインを注ぎ、乾杯をした。黙って飲み続けた。彼女をじっと見つめながら、あれこれ思い浮かべた。うるんだ目は何を物語っているのだろう、不倫相手と別れたのだろうか。
 僕は、キスをしたい衝動にかられた。
 少しずつ顔を波子に近づけた。口元から離さないワイン・グラスをそっと手にとり、テーブルの上に置いた。それから柔らかくぷりぷりした唇に接吻をした。


 自分のために墓石を造るときが来たのだ。
 寝室の中は、中央に鎮座した36インチのブラウン管テレビが放つ光だけで、映像はツィターの音を消した「第三の男」のウィーンが流れている。
 やがて13歳の少年となった僕は、まるで「ビッグ」のトム・ハンクスのように波子の下着をはだけた。彼女がリモコンでTVの画面を消すと、即座にリモコンで電源を入れた。それを3度繰り返した。
 波子が一歩踏み出しTVの画面に背を向けた。その瞬間、彼女のシルエットがくっきりと浮かび上がった。ふるいつきたくなるような流線型だ。
 僕は間髪を入れず、彼女の目の前でベッドに腰を下ろし向き合った。そして立ったままの波子を見上げた。そのまま両の手のひらで乳首に触った。つかず離れずゆっくりと撫でまわすうちに、硬くなるのを感じた。指を伸ばし形のいいふくらみを包み込んだ。
 手のひらを裏に返すと、四本の指の爪先をそっと柔肌に当てた。乳房から肩へ、肩から腕へ、腕から手の甲へ、指揮をするように優雅に爪の腹を這わせた。ぺったんこの腹からわき腹を通り背中に手をまわすと、川を描くように上下した。とろんとした表情の波子が見える。
 僕は両手で、長くしなやかな太ももを刺激した。そして限りなく性器に近づけていった。立ったままの肢体から一瞬力が抜け、あ!と絞り出すような声が上がった。普段よりカン高い呻き声だった。
 ベッドに陣取った僕のいちもつは、熱くはち切れんばかりだった。
 だが、それは勘違いだった。


 深紅のブラジャーを着けると、波子は僕を振り返った。
「『ハゲは強い』んじゃなかったの?」
「え?」うなだれていた僕は驚き、彼女をまじまじと見た。「そんなこと言った?」
「確か、プロローグだったわよね」
 スーツ姿に戻った波子が何食わぬ顔で言った。
「読んだの? 僕の原稿」
「驚いたわよ。てっきりいるかと思ってドアを開けたら、『モモ』の代わりに時間を盗まれた男の話が書いてあるんだから」
 時間を盗まれた男の話? 相変わらず感受性が豊かで、洞察が鋭い。
 それにしてもダブル・パンチだ。純子ちゃんのときは、何とか頭髪を犠牲にして乗り切ったが、今度は何を犠牲にすればいいんだ? 親父から相続した財産でも放り出せと言うのだろうか。
「どこまで読んだの?」
「ラ行の女のところまで」
 僕は大きく溜息をついた。


 独りになった僕は、「男と女」を繰り返し見ながら一晩中飲み続けた。ジム・ビームを一本開けたところで、夢の中へ入った。翌朝遅く起き、インスタントの味噌汁だけをすすり、マーラーズ・パーラーへ出かけた。
 生ビールを5杯飲んだ。綾さんが作ってくれたぺペロンチーノを残した。白井慶一が声をかけてきたが、訊かないでくれと追い払った。70年代のポップスが空しくかすめて行った。3時間後に大人しく退散した。
 眺めのいい部屋で気づくと、ほの赤い光が差し込んでいる。バルコニーの向こうには、嫌味なほど美しい夕焼けが見えた。
 僕は、おもむろに300本ほど並べられたビデオ・ラックの前まで行った。業務用サンプル、市販されたパッケージ、エア・チェックした白パケ、大半が映画か音楽のビデオだ。その中からステッカーに「波子」と手書きしたカセットを取り出した。
 ビデオ・デッキで再生すると、波子のアナウンスの映像が映し出された。彼女の出番だけを編集したものだ。消音にしてぼーっと眺めた。愛嬌のある顔とワンピース姿が一貫して変わらない。彼女に相応しい色、相応しくない柄、シルエットがぴったりのもの、気は確か?と思うもの、ネックレスと絶妙に組み合わせたもの、腹巻きみたいなベルトとアンバランスなもの、などなど。
 眺めながら、最高に気に入らない服で一時停止にした。おつむの中で服を剥ぎとると、下半身が熱くなった。


 けたたましく電話が鳴った。
「まだ酔っ払ってるの?」受話器をとると、波子の声だった。
 おそらくマーラーズ・パーラーからかけているのだろう。僕はグラスに残った赤ワインを一気に飲み干した。
「『鬼火』って映画の台詞を思い出したよ。『飲むのは、うまくいかないからだ』」
「アル中になるつもり?」
「『酒とバラの日々』て手もあるな」
「あなたって、映画にかこつけないと気が済まないの?」わざとカン高い声で波子が言った。
「二日酔いになるとね」僕は、グラスにワインを注いだ。
「ねえ」波子が低く優しい声で言った。「自分の墓石を作り損なっただけでしょ?」
 彼女の言う通りだった。“それだけのこと”だった。


 かつて波子は、「おいしいラーメン屋探訪」と銘打って3日かけてラーメン屋を取材したことがある。それ以来すっかりラーメン党になり、一日だけラーメン屋めぐりにつき合わされたことがある。
 彼女は汗びっしょりになってラーメンを食べる。食べたあと、化粧が落ちるのも構わずフェイス・タオルで汗をぬぐった。
 そんな波子をいとおしく眺めながら、僕は言った。「四川風・味噌ラーメンを食べてみたい」
「気は確か?」
 僕は10歳のときの話をした。伯父が営む小さな中華料理店で、生まれて初めて食べた味噌ラーメンの思い出だ。
「どうしてそれを四川風だと思うの?」
「インスタントにあったからかな」
「それは豆板醤(じゃん)を使っただけよ。もともと中国に味噌なんて調味料はないのよ」
 ふとその会話を思い出した僕は、波子に向かって明るい声で言った。
「今思いついたけど、『マジカル・ミステリー・ツアー』に出るよ」
「魔法にかけられた、行き当たりばったりの旅?」受話器の彼女が言った。
「まさに」笑いながら僕は言った。「ついでに四川風・味噌ラーメンも探すよ」





                            


 波子が指摘したように、僕は時間を盗まれた男なのかもしれない。おつむの中にある記憶は、エジプトの墓泥棒の仕業でことごとく盗まれたのだ。運よく残されたのは、19歳でこの世から去ったツタンカーメン王だけだ。
 ところが、発掘されていない秘宝があるかもしれない。
 その手がかりは、「NAMIKO」の映像の中に潜んでいた。初めて見たときの懐かしい想いは、少しずつ成長しながら歩くNAMIKOの背景のせいだった。
 その背景こそ小学校を卒業するまでの3年間を過したところだ。
 高速バスに乗り、3時間の短い旅を終えて、僕はその町に降り立った。交通センターから道幅の広いアーケード街に入った。途中、女学生に目を止めた。やたらと可愛いタータン・チェックのスカートをはいている。バグパイプを抱えたスコットランド人のキルトのようだ。


 アーケードの突き当たりで右へ曲がると、有名なファッション・ストリートがある。トレンドに敏感な連中が足しげく訪れるショップが軒を並べている。
 僕は突然、波子にワンピースをプレゼントしようと思い立った。100メートルほどを行き来するうちに、とあるショップへ入った。マネキンが着たシャツ・ワンピースが目に入ったからだ。
 赤と青を基調とした濃淡のバランスがほどよいタータン・チェックで、ウエストの切り替えがある。自慢の脚のラインを際立たせるのに十分短い丈だ。マネキンがかぶった黒のキャップもおまけでつけよう。ディスプレー用で売り物ではないと言い張る店員を説得し、服と一緒に郵送にしてもらった。
 僕は想像した。「ストレンジャー・ザン・パラダイス」のクールなエヴァが思い浮かんだ。彼女なら試着したあと、即座に脱ぎ捨てるに違いない。そして波子ならこうつけ加えるだろう――「私は子持ちのミセスじゃないわ」
 愉快だった。本望だった。僕の思いつきなんてそんな運命だ。


 僕は、散歩気分でNAMIKOのたどった道を逆方向に歩いた。アーケード街を抜け、宮前通りをやり過ごし、レトロな商店街を突っ切ると、K字型の交差点に出た。僕が初めて「フール・オン・ザ・ヒル」を聴いた年、日本で最初に設置されたスクランブル交差点だ。
 そのまま大学へ向かわず、小学校に足を向けた。なだらかな坂を登ると校門があり、目前に樹齢150年を超える大銀杏がそびえている。卒業記念に製作したレリーフには、木造校舎を背景に描いたが、今は鉄筋に変貌していた。
 たった20数年で、僕の3年間が奪いとられた気分だった。狭くなった運動場を見渡すうちに、かろうじて鼓笛隊が行進する光景が目に浮かんだ。
 手つかずのまま残った秘宝は、本当にあるのだろうか。


 「NAMIKO」が製作された大学の運動場は、小学生の格好の遊び場だった。かつて五色のハチマキやタスキをした工学部の大学生が学科に分れてやぐらに陣取り、運動会が行われた。TVで見た東京オリンピックに匹敵する迫力だった。
 だが集会やデモやストライキや公開交渉や封鎖などの一連の学園紛争によって、その伝統行事も粉砕されたに違いない。夢のなれの果てが転ぶのばかりが見える。
 近くに標高150メートルの山があり、途中まで登ると、毎年花見に行った広場があった。山肌の緩斜面に植えられた桜の木々が麓の景色をさえぎり、枝葉が途切れたところで、遠く天守閣が見えた。腰を下ろし、ぼーっと眺めた。住んでいた家の周辺が見えた。
 ふいに僕は、その一軒家の秘密を思い出した。持ち主の荷物がひとまとめにして置かれた屋根裏部屋だ。持ち主も転勤族で、同じ転勤族同士で我が家の貸し借りをしていたのだ。
 施錠されてないので、中に入ることができた。両親が留守の日曜日、僕は中を覗いた。そこには蓄音機と夥しい数のSPレコードがあった。おそらく持ち主が収集したものなのだろう。ほとんどがクラシックのようだった。
 それからほどなくして、親父がステレオ・セットを購入した。主にクラシックのLPレコードも買ってきた。ベートーヴェンやチャイコフスキーなどの全集も揃えた。
 親父も屋根裏部屋を覗いたに違いない。秘密を共有しているようで嬉しかった。


 来た道をそのまま戻り大学のキャンパスへ入った。NAMIKOが佇む桜の木を探したが、見当がつかない。
 大学生協食堂の階上に文化系サークルの部室があり、その中に映画研究部があるはずだ、と学園祭実行委員会室にいた女学生が教えてくれた。部室のドアには、作品発表会を告知するポスターが貼ってあり、11月初頭に行われるという。
 中は驚くほど小ざっぱりとしていた。壁一面に映画のポスターが貼ってあるわけでも、本棚に映画関連の雑誌や書籍が並べてあるわけでも、テーブルの上に撮影機材や小道具があるわけでも、床の上に撮影に使われたセットの残骸があるわけでもなかった。
 小ざっぱりとした男子学生が中央の椅子に座り、本を読んでいただけだ。
 僕が挨拶をすると、その学生が顔を上げた。
「ちょうど一年前かな、『NAMIKO』を見たのは」
 自己紹介をしたあと、僕はそう切り出した。
「芹沢さんの作品ですね?」
「君は?」
「撮影と編集を担当した、ずし(図師)と言います。『どですかでん』の頭師さんとは漢字が違いますけど」
「君が編集したの?」僕は、少なからずショックを受けた。「てっきり芹沢くんがやったのかと思ってた」
「歩き方を演出しただけですよ、先輩は」あっさり彼が言った。
 わずか11分間の作品にも、ささやかな制作秘話があるものだ。
「でも見事な編集だったな」僕は気を取り直して言った。


 部室の奥へ引っ込んだ彼がフジカの8ミリ・カメラZC−1000を抱えて戻ってきた。そして編集の経緯を楽しそうに説明した。「お陰で、夏休みがパアですよ」
「芹沢くんって、まだ在学してるの?」
「亡くなりました。オートバイの事故で」カメラを磨きながら彼が言った。「カッコ良すぎますよね、『アラビアのロレンス』みたいで」
「いつ?」
「一年半くらい前かな」図師くんは、あいまいな微笑を浮かべた。「先輩が失敗作だとか言ってお蔵入りになってたんですけど、お陰でやっと取り戻せましたよ。それで映画祭に応募したんです」
「どうして失敗作なんだろう?」
「僕がでしゃばりすぎたからかな。でも編集を一手に引き受けた者としては、捨てがたいですよ。彼女も完成品見たがってたし」
「彼女って、NAMIKOを演じた彼女?」
「先輩の恋人だったんで」
「と言うことは」僕は大袈裟に天を仰いだ。「映像からにじみ出てくる憧れみたいなものは、君の仕業だったわけ?」
 照れくさそうに図師くんが笑った。


 毎度のことだが、僕は救いがたい勘違いをする。いや、今回の場合、明らかに過ちだと言っていい。
 ZC−1000を恋人のように扱う図師くんの様子を見ながら、ふと重要なカットを思い出した。
「ひょっとして、ラストに出てくるスーツ姿の男って?」
「先輩です。あんなに仲良くされたんじゃ、割り込む隙なんてないですよ」
「なるほど、リアルな結末か」僕は納得した。「でもショック大きかったんじゃない、彼女?」
「芹沢さんがいなくなって半年経った頃ですよ。突然ダンスやるとか言い出して、結局上京しちゃいました」
 僕は思い出した。映画のラスト近くで挿入されたダンス・シーンだ。だらだらと撮影されたフィルムをたくみに編集しており、静と動のコントラストが見事だった。「インパクトあったな、創作ダンスのシーン」
「何度かコンクールに出たみたいですよ」
 僕は突然、彼女に会いたいという衝動にかられた。
「実は、NAMIKOという名前に、特別な思い入れがあるんだ」と、図師くんの顔色を窺がいながら言った。「彼女に会えないかな」
「連絡とれますよ」
 図師くんがあっさりそう言った。
「ところで」僕は容赦なく尋ねた。「君は、彼女に未練なかったの?」
「正直のところ、お披露目できただけで満足ですから」
 僕は改めて思い知った。目の前にいる誠実な青年は、映画を愛している。ZC−1000を使って、不可能な夢を見続けていた。





                            


 結局のところ、ないものねだりの人生だったのかもしれない。
 勘違いする度に、過ちを犯す度に、後悔する度に、そんな思いにかられる。
 真剣に映画制作に取り組んでいたら、と僕は思った。おそらく「NAMIKO」の撮影監督と同じ試みをしたかもしれない。僕と那美子と池谷先輩だけの時間を、琥珀に閉じ込めてしまうのだ。だがそのチャンスは遥か昔に失われた。
 仕事で忙殺されているとき、のんびり一人旅に出たいと思った。観光が目的ではない。列車に飛び乗り、ひたすら窓の外を眺めながらビールを飲んでいたい。
「車窓ビデオなんかどうです? 各駅停車の」と、お節介な後輩が進言した。
 ところがいざ暇ができると腰が上がらないものだ。
 僕は、散歩に出かける気分で45分かけて新幹線の駅まで行った。手荷物といえば、すっぽりワープロが入るショルダーバッグだけだ。
 数年ぶりに東京行きに乗った。


 東京駅から電車を乗り継ぎ、大学時代を過ごした街に到着した。そこには、2つの大きな映画撮影所があった。
 駅の改札口を出、細い近道をたどった。だが曲がる角を間違え、1974年に洪水を起こした川の前まで来た。いずれにしろ、そこからアパートまで遠くない。もっと下流に位置したなら、堤防を決壊させた濁流によって、買ったばかりのオーディオ・セットを水浸しにされたかもしれない。
 懐かしさにひたりながらアパートを見上げた。ありきたりの木造2階建てのアパートだ。十年の歳月が流れていた。
 すると突然、背中に衝撃が走った。危うく転びそうになった。持っていたバッグがクッション代わりとなり、地面との顔面衝突を阻止したのだ。ぐいぐいとベルトを引っ張られ、バッグにしがみついた。だがほどなくしてベルトがゆるんだ。地面に落ちた帽子を踏みつけ、走り去る男のうしろ姿が見えた。
 ふと気がつくと、若い男が顔を覗きこんでいる。「お怪我、なかったですか?」と声をかけてきた。おそらく彼がひったくりを牽制したのだろう。
 僕は、苦笑いをした。そして額を指でつつきながら男に向かって言った――「ありがとう。お毛がなかったみたい」


 かつて5年間通った大学を訪れた。変わりばえのしない校舎の間を通り抜け、建て変わったサークル棟の前まで来た。今さら部室を尋ねたところで、顔見知りの後輩がいるわけではない。中門まで戻り、バスに乗った。
 20分ほどして窓の外に広大な公園が見えた。バスから降り、なだらかな道を下っていくと、小さな喫茶店が目に入った。瞬間、盗まれた記憶が鮮やかに甦った。那美子に夢中だった珠玉のひとときだ。
 桜の季節が過ぎた暖かい5月、僕と那美子と池谷先輩は、公園の湧水池に沿って散策をした。那美子は、空色のブラウスとフレアー・スカートを着ている。陽が傾く頃、喫茶店のパラソルの下で腰を下ろした。彼女が右手をかざし、まぶしそうに夕焼けを眺めた。無造作に結んだ長い黒髪がはらりと解け、コーヒーの香りがした。
 池谷先輩が珍しく話題の中心にいた。歳の離れた妹の話だ。
 彼女が10歳のとき、学校の帰り道で一輪の花を見つける。とても綺麗だったので、しばらく見とれている。やがて彼女は花を摘もうとして、ひっくり返る。足元の溝に気づかなかったからだ。
「おニューの赤いスカートが泥だらけさ」
「カワイイ」と那美子が言った。
 そのとき僕は、那美子の少女時代を想像した。花びら模様のヘアバンドをした10歳の彼女を思い浮かべた。池谷先輩がひどく羨ましかった。那美子と一緒に大きくなったからだ。


 その夜、那美子の行きつけのショット・バーへ出かけた。
 3種類のカクテルを飲んで酔っ払った勢いで、僕は彼女に詰め寄った。本当はピアノを弾けるんじゃないか、と。
 マティーニを飲みながら那美子が言った。
「白状するとね、ピアノ弾いたことあるのよ。でも長続きしなかった。だからバレエに鞍替えしたの」
「それも素敵だ」
「想像しないでよ、恥ずかしいから」アルコールが入ると、彼女は少しだけおしゃべりになった。「仕方なかったのよ、父が『赤い靴』て映画を好きだったから。健気な娘としては、期待に応えたかったわけよ」そう言って、僕の顔を覗き込んだ。「やっぱり変な想像してる」
「してないよ」
「だって、アライグマみたいな顔してる」
 そのとき僕は、初めて気づいた。憧れの女の子と同じ空間にいるとき、そんな顔つきをしているのだ。とりもなおさず、アライグマは僕の幸せな顔に違いない。


 撮影監督の図師くんの話だと、「NAMIKO」に主演した女の子は、ある舞踏団に所属し「演劇の街」に住んでいた。
 僕は、初めてその街に足を踏み入れた。
 公演が始まるまで暇があったので、駅を中心として放射線状に広がる街を探索した。新旧にぎやかな店舗がランダムに軒を並べる道に沿ってまっすぐ行くと、次第にまばらとなり、ふいに民家が現れた。来た道を戻り、駅の近くで脇道にそれ、奥へ進むと再び店が途切れた。来た道を駅に向かって引き返す。僕はそれを繰り返した。電波探知機のように360度回って、最初に降り立った場所に戻った。たっぷり2時間以上の散歩だった。
 そして目的地である小劇場の前まで来た。「サラの犯罪、エトセトラ」というタイトルのポスターがなければ、居酒屋か銭湯と間違えたに違いない。
 舞踏団のキャストの中に、ナミコという名前を発見した。


 幕が開くと、暗闇のステージに白装束の女性ダンサーが見えた。キーボードの演奏が始まるとバックライトが点り、くねるように5人が動き出した。即興を思わせる自由なダンスだ。やるせないバイオリンの音がからむと、より一層大きな動きになった。退廃と異国情緒をないまぜにした音楽がダンサーを包みこみ、音楽と添い寝をするようにダンスを繰り広げた。僕は目をこらし、5人の中にナミコの姿を探した。
 バイオリンとピアノだけの演奏になると、いつの間にか4人が退場し、ソロ・ダンスに変わった。気だるい雰囲気は変わらない。目の前でゆったりと踊っているのがナミコだ、と僕は確信した。
 速いテンポのピアノ演奏に変わると、激しい動きになった。ひたむきなダンスだ。息を呑んだ。彼女の全身からほとばしるパワーがその場の空気を熱く揺らし、最前列の僕のところまで響いてきた。両脚を一直線に広げて宙を飛んだあと、着地する音がBGMを切り裂いた。
 初めて目にするダンスだった。感動的だった。演技の最後で、クラシック・バレエを思わせる旋回で締めくくった。
 軽やかに歩くNAMIKOと同一人物には見えなかった。


 図師くんの計らいで、彼女と待ち合わせする段取りはできていた。僕は、指定された劇場近くのジャズ喫茶で待った。
 やがてナミコが現れた。くたびれたデニムのパンツに白いセーターを着ている。映画の冒頭を思わせるあっさりした服装だ。
 いつもの調子で、彼女に会いたくなった経緯を説明しようとしたが、いきなり感想を求めてきた。彼女にとって初めてのソロだったらしい。
「度肝を抜かれました」僕は少し考えてから言った。「でもカワイイ」
「ホントに?」
 ウィスキーソーダを飲みながら、僕は強く頷いた。
「初めてだわ。カワイイなんて男の人に言われたの。何だか嬉しい」
 ナミコが笑顔になった。「NAMIKO」のラスト・シーンを髣髴とさせた。
 やっと経緯を説明することができた。
「どうして、芸名にナミコとつけたんです?」
「何だってよかったのよ。ダンスやりたかっただけだから。誰かに見て欲しかっただけ。でも彼が気に入ってたから、そのまま使ったの」


 僕は、映画のことを訊ねた。
「私たち、結構危なかったのよ。別れようと思ってたんだけど、強引に頼みこまれたの。彼も感づいてたのね」ナミコがビールを飲みながら言った。「とにかく撮影を始めさえすれば、やり直しができる。そう思ったんだわ。最悪、作品の中に私を封じ込めさえすれば、痛手が少なくて済むって」
「男って未練がましい」僕は自嘲気味に言った。
「ところが、図師くんの天晴れな編集のお陰で、『トニオ・クレーゲル』よ」
「トーマス・マンの?」
「撮影台本に書いてあったわ。『けれども私の一番深い、もっともひそやかな愛情は、金髪で碧眼の、明朗に生き生きとした、幸福な、愛すべき平凡な人たちに捧げられているのです』」
「つまり、作品を図師くんに乗っ取られたわけだ」
「ひどいと思いません。父が大切に撮影したフィルムを散々切り刻んだ揚句、失敗作だとか言って、私から隠したのよ。バイクで死ななかったら、永久に見れなかったところよ」
 今頃になって、僕は作品の核心に気づいた。
「ひょっとして、サブ・タイトルはなかった?」
「ただの『NAMIKO』だったの」


 僕は、しばし茫然とした。「NAMIKO」に関する僕の解釈は、すべて的外れだったのだ。欲望を満たそうとしたのは監督で、その意図に反して不可能な夢を夢見る作品に仕上げたのは撮影監督だった。
「何か、役に立ちました?」
 しばらくビールを飲んでいたナミコが声をかけてきた。
「お陰さまで」僕は控え目に彼女を見ながらゆっくりとウィスキーソーダを飲み干した。「本気で、ダンスやりたくなった」
 ナミコが静かに微笑を浮かべた。それは一瞬にして周りを明るくする薔薇のような微笑だった。





                          エピローグ


 白井慶一と知り合ってまもなく彼の実家を訪ねたことがある。都心から離れた住宅街にある一軒家だ。一部屋全部を書庫として使っている。
 彼は、本棚の中からお中元のギフト・セットみたいな分厚い本を一冊取り出した。筑摩世界文学体系のプルースト編だ。
「『失われた時を求めて』の賢い読み方は」三段に渡って活字がぎっしりと印刷されたページをめくりながら彼が言った。「とびとびに読んでいって、その間を、君の想像力で埋めるんだよ」
 そのとき僕は思った。好きな言葉で埋めればいい、話をでっち上げればいい、と。言葉というのは、瞳を入れない竜の絵のようなものだ。魂を入れるも入れないも、生かすも殺すも、惚れるも惚れないも、言葉を使う人間次第だ、と考えたからだ。
 だが今なら言える。ダンスだ。
 生と死をさまようダンス、過去と現在と未来がせわしなく入れ替わるダンス、退廃と異国情緒をないまぜにしたダンス、酔っ払ってカラオケ・ボックスでやらかすダンス、などなど。


 東京駅へ向かう途中、僕は「世界有数の電気街」で下車し、最新型の8ミリ・ビデオ・ムービーを購入した。
 そして新幹線の中にいた。不思議な安堵感があった。缶ビールを開け、ひたすら飲み続けた。せわしなく変わる景色を眺めるうちに、走馬灯のようにダンス・シーンが現れた。
 一枚一枚描かれた淡彩画の美少女がコマ送りのように動き出す。白いワンピース姿の那美子が赤いトウシューズでつま先立ち、優雅にクラシック・バレエを踊っている。その姿がいつの間にか黒いタイツ姿となり、栗色の長い髪の少女がスローモーションで踊り出す。どうやらロンドンにある小学校のレッスン室のようだ。
 12歳の僕は、その様子をガラス戸の外から覗き込んでいる。いつの間にかハンチングをかぶったユダヤ少年に変貌した僕は、小さな覗き窓から白いドレスの少女を見ている。彼女は、倉庫に置かれた平台の上で、音楽に合わせてたどたどしく踊っている。蓄音器から流れてくるのは「アマポーラ」だ。
 突然、背を向けた彼女からドレスが消え、背中と臀部が露わになる。それが波子の裸体に変貌する。彼女が振り返ると、薔薇のような微笑を浮かべたナミコの姿に変わる。微笑が消えた途端、躍動的なダンスを始める。小さなステージをところ狭しと動きまわる。宙に浮いた肢体が客席に向かって飛び込んで来た瞬間、目が覚めた。
 何かが足りない、と僕は思った。
 波子とのダンスだ!


 終着駅で降り、そのまま地下鉄に乗った。待ち合わせに指定したホテルまで、駅から10分とかからない。
 ロビーにある革張りの肘掛椅子に座ったとき、すでに9時を過ぎていた。東京を出る直前、波子の留守電にメッセージを入れていた。我ながら能天気だと言っていい――「たまには、真夜中の散歩をしない?」
 TVの収録が終わっていれば、現れてもいい頃だ。波子のダンスをあれこれ思い描くうちに、10時が過ぎた。
 僕は、ロビー中央に据えられたクリスマス・ツリーを眺めた。以前と比べるとずいぶん小さくなったものだ。8歳のとき、親父が買ってきたもみの木と同じくらいだ。実家を売り払った際、庭に植えたその木が3メートルほどに伸びていた。
 僕は、見えないもみの木を見上げた。
 すると、風のように波子が現れた。


 意表を突かれたと言っていい。ちょうどクリスマス・ツリーと肩を並べた波子が微笑をたたえ、タータン・チェックのワンピースを着ている。僕は目を見張った。子持ちのミセスに見えない。
「即、ゴミ箱行きだと思ってた」
「服がかわいそうじゃない」いつものように低い声で彼女が言った。
 僕は耳を疑った。意外な言葉だ。ビールを飲み過ぎたのかもしれない。ソフト帽をとり、首を左右に振ってみた。
「何の真似?」
 波子の顔をまじまじと見た。「お怪我、なかったですか?」と、真顔で言ってみた。
「え?」
 額を指でつつきながら、繰り返した。「お毛が、なかったですか?」
「何か収穫あったみたいね」
 波子が嬉しそうに笑った。


 僕らは、ホテルの最上階まで行き、眺めのいいカフェ・バーへ入った。
 注文したスクリュー・ドライバーが来ると、波子がおいしそうに口をつけた。
 僕は、マティーニをすすりながら、暴漢に襲われた一部始終を話した。
「それだけなの? 『マジカル・ミステリー・ツアー』って」
「まだあるよ。『アイ・アム・ザ・ウォルラス』『ストロベリー・フィールズ・フォーエバー』、それから『オール・ユー・ニード・イズ・ラヴ』」
「何、それ?」
「ジョン・レノンがつくった曲」
「10回目の命日だから?」
「憶えてる? 僕が最初に誘って断られた映画?」
「ピューリッツァー賞をとったアメリカのジャーナリストの話でしょ? 内戦を生き抜いたカンボジア人と再会するシーンで、『イマジン』が流れてた」
「見たの?」
「最悪のデート・ムービーよ」
 僕は苦笑いをした。


 専用のショルダー・バッグからビデオ・ムービーを取り出した僕は、波子に向かって撮影する構えをした。
「ふざけてるの?」
「解せないんだよ。僕にとって君は、とっても魅力的でミステリアスな存在なのに、今までどうしてその気にならなかったんだろう。片手落ちだと思わない? 他人が撮った映像ばかり見てるって」
「だからって、私を撮るのは止めて」波子がぴしゃりと言った。「別な何かにして」
「本気で、君を撮りたいんだ」
 スクリュー・ドライバーを飲みながら、波子は澄んだ大きな目で僕を見つめた。
「ミエミエなのよ」ほどなくして彼女が言った。「きっかけが欲しいんでしょ?」
「正直に言うよ。ジョン・レノンにあやかって『スターティング・オーヴァー』したい」
「却下」即座に波子が言った。
 僕は、これ見よがしに肩を落とした。
「じゃ、せめてダンスしてるところとか」
「なおさらダメ」
 僕は、めげなかった。マティーニを飲みながら少し考えた。「その代わり、一緒にダンスするってのはどう?」
「酔いどれダンスにつき合うの?」
「あらゆる意味で、ダンスするってことだよ」
「何、それ?」
「リードするつもりなんてないよ、社交ダンスみたいに」波子の目を素直に見つめた。「お互いにお互いを大切にするってことだよ。お互いに親切を贈ったり、贈られたりしてさ」
「それがダンスするってことなの?」波子はあきれ顔で言った。
「素敵なアイデアだろ?」
「だったらピンポンでもやればいいじゃない、温泉ゆかたを着て」
 波子の言う通りだった。


 ホテルを出ると、12月の寒さが身にしみた。
 波子は、ワンピースの上に黒のショート・コートを羽織った。夜道を我が家へと向かった。真夜中の散歩だ。素直に幸せだった。顔がにやけたアライグマに違いない。
 僕がどんな顔つきなのか、波子に聞きたくて仕方なかった。“丘の上の馬鹿野郎”が幸せを感じると、アライグマに変身することを知らせてやりたかった。
 だがそんな告白なんて彼女の関心を引くわけがない。
 波子のアイデアは滅法素敵だった。揃いのゆかたを着た僕らは、いいコンビになれそうな気がした。ピンポン玉が親切で、お互いの親切が行ったり来たりする。彼女がピンポンに飽きたら、そのときこそ一緒にダンスをやればいいのだ。急ぐことはない。
 僕は、自分に向かって未来のことを告白すべきだった。
 我が肉体、しこたまコンプレックスをため込んだ肉体、ないものねだりの肉体、失恋ばかりが得意の肉体、その度にジョークを言ってやり過ごす肉体、でも幸せを感じることのできる肉体、でも肝心なときに役に立たない肉体……。
 その情けない肉体が、チェルノブイリの死の灰によって滅ぼされるときが来ても、救い難い人災というべき戦争によって滅ぼされるときが来ても、神風の如く突っ込んで来る車によって滅ぼされるときが来ても、僕の魂は、ちゃっかりその肉体に居合わせないのだ。
 そのとき僕は、心の中で肩をすくめ、こう言ってやり過ごすのだ――「“それだけのこと”さ」
 そして波子は、僕に向かってあきれ顔で言うに違いない。
 さあ、踊りましょう。

                                                                    (了)



                     本作品を2007年に永眠されたカート・ヴォネガット氏に捧げる。
                   ほかになにがいえよう?
                                                       ――R・K






最後まで読んで下さったすべての読者の皆様に感謝します。
以下のタイトルは、すでにシネワンで公開している拙作です。よかったら覗いてみて下さい。
                                                       ――坂本 亮


短編小説 1984年のホーボー・ジャングル夕暮れどきの女たちいつも心にハーモニイ
ラジオドラマ MEMORIES'77 前編MEMORIES'77 後編
戯曲 インテリア・ロマンス 1980 第一幕インテリア・ロマンス 1980 第二幕


Is That All There Is?  歌:ペギー・リー


 Is That All There Is?  (Leiber/Stoller)
 
 I remember when I was a very little girl, our house caught on fire.
 I'll never forget the look on my father's face as he gathered me up
 in his arms and raced through the burning building out to the pavement.
 I stood there shivering in my pajamas
 and watched the whole world go up in flames.
 And when it was all over I said to myself, "Is that all there is to a fire?"
 
 Is that all there is? Is that all there is?
 If that's all there is my friends, then let's keep dancing
 Let's break out the booze and have a ball
 If that's all there is

 And when I was 12 years old, my father took me to the circus,
 the greatest show on earth.
 There were clowns and elephants and dancing bears
 And a beautiful lady in pink tights flew high above our heads.
 And as I sat there watching the marvelous spectacle
 I had the feeling that something was missing.
 I don't know what, but when it was over,
 I said to myself, "Is that all there is to a circus?"

 Is that all there is? Is that all there is?
 If that's all there is my friends, then let's keep dancing
 Let's break out the booze and have a ball
 If that's all there is

 Then I fell in love, with the most wonderful boy in the world.
 We would take long walks by the river
 or just sit for hours gazing into each other's eyes.
 We were so very much in love.
 Then one day, he went away. And I thought I'd die - but I didn't.
 And when I didn't I said to myself, "Is that all there is to love?"

 Is that all there is? Is that all there is?
 If that's all there is my friends, then let's keep...

 I know what you must be saying to yourselves.
 If that's the way she feels about it why doesn't she just end it all?
 Oh, no. Not me. I'm in no hurry for that final disappointment.
 Cause I know just as well as I'm standing here talking to you,
 when that final moment comes and I'm breathing my last breath,
 I'll be saying to myself,

 Is that all there is? Is that all there is?
 If that's all there is my friends, then let's keep dancing
 Let's break out the booze and have a ball
 If that's all there is


ペギー・リー「イズ・ザット・オール・ゼア・イズ?」
1970年グラミー賞・最優秀女性ポップボーカル賞受賞




「スターティング・オーヴァー」 歌:ジョン・レノン


「トワイライト・アヴェニュー」 歌:スターダスト・レビュー


「サラの犯罪」 音楽:日向敏文


「サラの犯罪」(音楽:日向敏文)
 発売:1986年 英題:Sarah's Crime

 メーカー:アルファ・レコード
 メディア:LP

「アマポーラ」 音楽:エンニオ・モリコーネ




引用された名作映画

「フルメタル・ジャケット」(監督:スタンリー・キューブリック)
     イギリス・アメリカ映画 日本公開:1988年 原題:Full Metal Jacket

     メーカー:ワーナー・ホーム・ビデオ
     メディア:Blu-ray

「第三の男」(監督:キャロル・リード)
      イギリス映画 日本公開:1952年 原題:The Third Man
      原作、脚本:グレアム・グリーン
      音楽:アントン・カラス
      カンヌ国際映画祭グランプリ受賞
      米アカデミー賞撮影賞(白黒部門)受賞
      英アカデミー賞作品賞(国内部門)受賞

      メーカー:ジェネオン・ユニバーサル
      メディア:DVD

「男と女」(監督、脚本:クロード・ルル―シュ)
      フランス映画 日本公開:1966年 英題:A Man And a Woman
      音楽:フランシス・レイ、バーデン・パウエル
      カンヌ国際映画祭パルムドール受賞
      米アカデミー賞外国語映画賞、オリジナル脚本賞受賞
      ゴールデングローブ賞外国語映画賞、主演女優賞(アヌーク・エーメ)受賞
      英アカデミー賞外国人女優賞受賞

      メーカー:ワーナー・ホーム・ビデオ
      メディア:DVD

「ビッグ」(監督:ペニー・マーシャル)
      アメリカ映画 日本公開:1988年 原題:Big
      ゴールデングローブ賞(コメディ・ミュージカル部門)主演男優賞(トム・ハンクス)受賞

      メーカー:20世紀フォックス・ホーム・エンターテインメント・ジャパン
      メディア:DVD

「鬼火」(監督:ルイ・マル)
      フランス映画 日本公開:1977年 原題:Le Feu Follet
      原作、ピエール・ドリュ=ラ=ロシェル
      ヴェネチア映画祭審査員特別賞受賞。

      メーカー:IVC
      メディア:DVD

「酒とバラの日々」(監督:ブレイク・エドワーズ)
      アメリカ映画 日本公開:1963年 原題:Days of wine and Roses
      米アカデミー賞歌曲賞(ヘンリー・マンシーニ)受賞

     メーカー:ワーナー・ホーム・ビデオ
      メディア:DVD

「マジカル・ミステリー・ツアー」(監督:ビートルズ)
    イギリスTV映画 イギリス放映:1967年 原題:Magical Mystery Tour

    メーカー:EMIミュージック・ジャパン
    メディア:CD

「どですかでん」(監督:黒澤明)
      日本映画 公開:1970年
      原作:山本周五郎

      メーカー:東宝
      メディア:Blu-ray

「アラビアのロレンス」(監督:デーヴィッド・リーン)
      イギリス映画 日本公開:1963年 原題:Lawrence of Arabia 
      米アカデミー賞作品賞、監督賞、撮影賞、美術監督賞、音響賞、編集賞、作曲賞受賞
      ゴールデングローブ賞(ドラマ部門)作品賞、監督賞、助演男優賞(オマー・シャリフ)受賞
      英アカデミー賞作品賞、英国作品賞、主演男優賞(ピーター・オトゥール)、脚本賞受賞
      キネマ旬報ベストテン第1位

      メーカー:ソニー・ピクチャーズ・エンターテインメント
      メディア:DVD

「赤い靴」(監督:マイケル・パウエル、エメリック・プレスバーガー)
      イギリス映画 日本公開:1950年 原題:The Red Shoes

      メーカー:ファーストトレーディング
      メディア:DVD

「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」(監督:セルジオ・レオーネ)
      アメリカ・イタリア映画 日本公開:1984年 原題:Once Upon A Time In America
      音楽:エンニオ・モリコーネ
      英アカデミー賞作曲賞、衣装デザイン賞受賞
      キネマ旬報ベストテン第1位

      メーカー:ワーナー・ホーム・ビデオ
      メディア:Blu-ray


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posted by マンハッタン坂本 at 00:05 | Comment(0) | 創作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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