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2014年08月11日

色彩を持たない男たちと、彼女の巡礼の旅。

お遍路さん2.jpg

柄にもなく、文学してます。 PARTU

色彩を持たない男たちと、彼女の巡礼の旅。
introducing 「旅の重さ」「舞踏会の手帖」「鬼火」

初めて村上春樹の小説を読んでから丸35年が経過した。
1979年、「群像」6月特大号に掲載された第22回新人文学賞当選作を、小さな書店の片隅で拾い読みしながら衝撃を受けたことを憶えている。やられた!というのが正直な感想だった。
その衝撃は、随分あとになって知ったことだが、早稲田大学第一文学部在学中の彼が映画のシナリオを読みふけっていたことに起因するようだ。「カサブランカ」とか「第三の男」に出てくる洒落た台詞に魅了されたシナリオ・ライター志望の僕にとって、小説の中の会話は字幕に展開するやりとりだった。

村上春樹のデビュー作と80年代に刊行された長編小説や短編集のすべてを初版単行本で持っているからと言って、僕はハルキストではない。
「彼女はよく訓練された犬のようにレコードを抱えて帰ってきた。」という一文が気に入って1979年にレコード業界に入り、以後30年に渡って音楽と映画ソフトの販売に携わってきたからと言って、僕はハルキストではない。
「カート・ヴォネガットとか、ブローティガンとか、そのへんの作風を非常に熱心に学んでゐる」という、群像新人賞の選考委員だった丸谷才一氏の選評に影響されて、元ネタの作家の小説を熱心に読み続けたからと言って、僕はハルキストではない。
小説の中で流れる音楽を買ったのは、<カリフォルニア・ガールズ>の入ったビーチ・ボーイズのLPだけだからだ。

そんな僕でも、新刊が発売されるという広告を目にすれば、気になって書店に足を運ぶ。化粧箱に入った新潮社の純文学書下ろし特別作品以来の長いタイトルだなあと思いつつ、29年前に発売されたとき、その本がひっそりと紀伊國屋書店に置いてあったことを思い出す。
NHKニュースのアナウンスによれば、旧友を訪ね回る、喪失と再生の話だという。
僕の頭の中には、70年代に見て感動した2本の映画が思い浮かんだ。

ハイホー、マンハッタン坂本です。

「ママ、びっくりしないで、泣かないで。あたしは旅に出たの。ただの家出じゃないの。お遍路さんのように、歩きながら四国を旅しようと思ってでてきたの」

新居浜にいるママ(岸田今日子)宛ての手紙を投函した18歳の少女(高橋洋子)が、海沿いの道を田んぼのあぜ道をのろのろと歩いている。
白い半袖のブラウスに白いトレーニングパンツを履いているので、一見遍路の白装束に見えなくもないが、麦藁帽を目深に被り、リュックサックを背負い、棒切れの杖をついて運動靴で歩く姿は、放浪の旅人である。

雨宿りで一宿一飯をさせてもらった家で、二十歳と偽り、御霊場参りをしていると答えた少女は、試しに菅笠(すげがさ)に金剛杖を手にした白衣(はくえ)の巡礼者に同行してみる。だがすぐに飽きて一人旅に戻る。
野宿しながら気ままに歩く少女にとって、太陽と土と水の中に溶けていくようだ。
映画館の中で太股を触った中年男に昼飯をおごらせ、雨の中をトラックの助手席に乗せてもらいつつ、ひたすら歩き続ける。そして憧れの土佐の海にたどり着く。

足摺岬の村外れのお堂で、松田国太郎一座の芝居を見物する。
中年の座長(三國連太郎)に魅かれた少女は、再びお堂を訪れ、食料の買出しを手伝ううちに一座に雇ってもらう。
背中の刺青に見惚れる少女に向って、旅役者なんてつまらんと座長がさとす。
仲良くなった政子に誘われパンツ一枚で海に入り戯れる。ダンスを教えながら竜次がうなじにキスをする。怒った光子に長い黒髪を引っ掻きまわされる。座長は見て見ぬふりだ。傷つき泣きじゃくる少女の服を脱がせ、裸の政子が抱きしめる。

一座のもとを去った少女は、やがて栄養失調と高熱で倒れる。
気づくと、うらぶれた一軒家に横たわっている。魚の行商をやっているという男(高橋悦史)の家で、元気を取り戻す。
父親を知らない少女にとって、無口で無骨な男は前から好きだったおじさんのようだ。
博打で警察に捕まった男が数日ぶりに帰ってくる。ほっとした少女は、押入れに向かって逆立ちをしてみせる。一緒に逆立ちをするうちにむさぶりつくが、男は身体まで求めない。
みじめになって家を出るが、自殺した文学少女(秋吉久美子)の姿を見て引き返す。

男と行商に出るようになった少女は、千円札を同封した手紙を出す。いつの間にか仲のいい夫婦になった、と。
   (注釈1)



イタリア北部にある湖畔の館、良人に先立たれたクリスティーヌ(マリー・ベル)が身の周りの整理をしている。古い荷物から出てきた手帖には、初めて舞踏会で踊ったときの相手の名前が記されている。
懐かしいメロディを口ずさむと、純白のドレスに身をつつんだ16歳の彼女が華麗に踊る姿が目に浮かぶ。輝くシャンデリアのもと、オーケストラが演奏する甘いワルツに合わせて男たちが口々に愛してますとささやいた。
懇意にする教授が調べてくれた彼らの現住所を旅行案内書に、クリスティーヌは失われた時を求めて旅に出る。

ジョルジュのアパートを訪ねると、母親(フランソワーズ・ロゼー)が迎え、彼は留守だと言う。クリスティーヌを彼女の母親だと思っているらしく戸惑っていると、彼女の婚約を苦に彼が自殺したことを知る。
ピエール(ルイ・ジューヴェ)がいるキャバレーを訪れると、目つきが鋭くなった彼が経営者だ。ヴェルレーヌの詩を口ずさむ紳士だった彼と想い出話をするが、やがて彼は警察に連行される。

アラン(アリ・ボール)がいる修道院を訪ねると、子供たちにコーラスを教える神父となっている。新進のピアニストだった彼が神と気の毒な子供たちに仕える身となったのは、ある令嬢のために作曲し演奏した曲が彼女の心に伝わらなかったからだと言う。
詩人だったエリックは山のガイドになっている。高嶺の花だった彼女を山小屋に誘い、二人の再出発を誓うが、雪崩を見た途端にあっさり下山する。

フランソワがいる田舎町を訪ねると、町長になった彼の結婚式が行われるという。新婦となる女中を紹介され、賑やかな結婚式に出席する。披露宴の最中、金の無心にきた義理の息子を放り出すところを目撃する。
ティエリー(ピエール・ブランシャール)はもぐりの医者になっている。怪しげな女と一緒に食事をするが、持病の発作が始まり女から追い出される。

ファビアンがいるパリに到着し、美容師となった彼に娘を紹介される。名前はクリスティーヌという。陽気な彼に連れられ、20年前と同じダンスホールへ足を運ぶ。
だがそこには華麗な舞踏会の光景はなく、優雅に演奏される「灰色のワルツ」もなかった。

「旅に出ねば、過去の亡霊に一生縛られてましたよ」

再会したものの舞踏会の旧友をいっぺんに失ったクリスティーヌに、そう言って教授が慰める。そして消息不明だったジェラールの居場所を教える。
意を決し船で湖の向こう岸に渡った彼女は、憧れだったジェラールそっくりの息子と出会う。父も家も無くしたばかりだと言う。
クリスティーヌはやっと自分の未来を見出す。彼を養子に迎えることによって。
   (注釈2)
舞踏会の手帖1.jpg


「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」を読了した。
読み終わってみると、ルイ・マル監督の「鬼火」に近いものを感じた。旧友を訪ね回る主人公の心の中に、切ないピアノ曲が流れているからだ。
小説は、フランツ・リスト(1811〜1886)のピアノ独奏曲集「巡礼の年」が使われている。中でも「ル・マル・デュ・ペイ」は、主人公の想い出と深くかかわっている。
「鬼火」は、エリック・サティ(1866〜1925)のピアノ曲「ジムノペディ」や「グノシェンヌ」が全編に流れる。公開された1977年当時、「巡礼の年」と同様、決して日本で馴染みのある音楽ではなかったが、主人公の不安な心の動きを表現するのに、極めて効果的だった。

アル中で療養所生活をおくっていた30歳のアランは、ある日思い立って古巣のパリへ戻る。若い頃の放蕩仲間に会うためだ。
エジプト学者となった友人は、退屈極まりない家庭人となっている。平凡に満足しろとさとされ頭にきたアランは、断っていた酒を口にする。芸術家の友人には、祭りは終ったと吐露する。
上流階級の友人たちが集まる晩餐会では、言い争いをして出てくる。誰からも愛されていないことに苛立ったからだ。
変わり果てた友人たちに、それぞれの言葉で自殺をほのめかしたものの、誰も真に受ける者はいない。
仕方なく療養所に戻ったアランは……。
   (注釈3)



「日本的抒情によつて塗られたアメリカふうの小説といふ性格は、やがてはこの作家の独創といふことになるかもしれません。」

村上春樹のデビュー作を芥川賞選考で積極的に推した丸谷才一氏は、群像新人賞の選評で、こんなことも書いていた。
それから35年の歳月が経ち、万年ノーベル文学賞候補となった村上春樹の新作は、日本的抒情と呼べる趣を持った作品になったようだ。
なぜなら、ドリュ・ラ・ロシェルの原作「ゆらめく炎」に材を得たルイ・マル監督が、生きたいと望んでいるにもかかわらず自殺してしまった男の物語を、自殺を果たさなかった自分とオーバーラップさせながら描いたことに通じる気がするからだ。


冒頭に添付したポスターの画像には、もともと「お遍路しよう、そうしよう」というキャッチコピーがついていた。「四国霊場開創1200年記念催事 1日で巡るお遍路さんin丸の内」と銘打った、88体のご本尊を開帳するイベントのためのものだ。
いかにも遊楽的な要素が濃くなった、四国88ヵ所の寺を巡礼するお遍路さんの流行を象徴している。
これは、ハルキストと呼ばれる読者に通じるようだ。ファッションとして読んでいるとか、村上春樹好みのライフ・スタイルを真似しているとか、そう揶揄されることが多いからだ。

僕は、村上春樹の嗜好とかライフ・スタイルを特に気に入っているわけではない。デビュー以来35年も小説を読み続けているのは、彼が文章の書き方を音楽から学んだからだ。
「文章にリズムがないと、そんなもの誰も読まない」と村上春樹は断言している。同感である。
ジャズやクラシックの熱心なリスナーである彼は、まぎれもなく音楽的な文章を書く作家である。作曲家でも演奏家でも歌手でもない彼は、文章で音楽を奏でているのだと思う。

フランツ・リスト「ル・マル・デュ・ペイ」(演奏:ラザール・ベルマン)



注釈1、「旅の重さ」(監督:斎藤耕一)
     日本映画 1972年製作 英題:Journey into Solitude
     原作:素九鬼子
     主題歌:よしだたくろう「今日までそして明日から」

     メーカー:松竹
     メディア:DVD

主題歌「今日までそして明日から」(歌:よしだたくろう)


注釈2、「舞踏会の手帖」(監督:ジュリアン・デュヴィヴィエ)
     フランス映画 1937年製作 原題:Un Carnet de Bal
     音楽:モーリス・ジョベール
     ヴェネチア国際映画祭外国映画大賞受賞
     キネマ旬報ベストテン第1位

     メーカー:IVC
     メディア:DVD

テーマ曲「灰色のワルツ」(音楽:モーリス・ジョベール)


注釈3、「鬼火」(監督:ルイ・マル)
     フランス映画 1963年製作 原題:Le Feu Follet
     原作:ピエール・ドリュ=ラ=ロシェル
     ヴェネチア映画祭審査員特別賞受賞

     メーカー:IVC
     メディア:DVD

挿入曲「ジムノペディ第1番」(音楽:エリック・サティ)




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posted by マンハッタン坂本 at 00:00 | Comment(0) | 映画全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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