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2015年03月08日

「ななつ星」を占拠せよ。

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「ななつ星」を占拠せよ。
introducing「オリエント急行殺人事件」「天国と地獄」

2015年3月某日、松岡修造が解説する錦織圭の試合を録画で観戦中、熊本県警から呼び出された。警察の話だと、午後5時50分、田崎橋電停に到着した熊本市電が私の友人Aによって占拠されたという。
すでに免許失効となった拳銃を持つAとAの恋人は、終点で運転士と車掌だけとなった新型超低床電車「COCORO」に乱入し2人を人質にした。はじめのうち警察の呼びかけに応じなかったが、10時過ぎに突然JR九州に対し、早朝3時58分に熊本駅に到着するクルーズトレイン「ななつ星in九州」から豪華ディナーを運ばせるよう要求した。どうやら人質と交換するつもりらしい。

私の使命は、持ち込んだ4Kハンディカムで立てこもり犯を撮影すると共に、人質を解放するよう説得することだ。
市電開業90周年記念に昨年10月から運行を始めた水戸岡鋭治デザインの「COCORO」は、熊本城の城壁をイメージした濃茶メタリック塗装の外装で、中に乗り込んだ私は運転席に陣取ったAと対峙した。メープル材を使用したボックス席には、Aの恋人と人質が座っている。

「何アピールしたいんだ? YOUTUBEに投稿して」私は、片手で撮影しながらAに向かって言った。
「ムカつくんだよ。まるで富裕層のための『ななつ星』じゃねェか」
「なるほど。一番安い2人部屋でも1泊2日コースで21万円、3泊4日のフルコースなら48万もとられるんだからな」
「『COCORO』は、たった150円の運賃で乗れるんだぞ。しかも後払いだ」
「そういや、あるファッション・デザイナーが言ってたよ。一般の人には高くて買えない服でも、それを誰かが着たり見たりすることで、新しい何かを感じて欲しい。その輪を広げて欲しいって」
「俺は乗り鉄派だ」
「だったら、同じ水戸岡デザインのくま川鉄道『田園シンフォニー』とか肥薩おれんじ鉄道『おれんじ食堂』とか九州新幹線800系で我慢しろよ」
「お前はそこそこ中流だからバカ言えるんだよ。俺は年収200万以下の非正規社員だぞ」
「しかもブラック企業大賞受賞の家電専門店勤めだ」

「いいか、俺らは超・格差社会に引きずり込まれてるんだ。民主主義とは無縁のな。資本主義ってヤツは、過去200年間、所得分配の格差を拡大させてきた。その不平等はこれから先も広がり続ける。『資本収益率は経済成長率を常に上回る』って不等式のもとにな」
「おい、いきなりピケティの『21世紀の資本』かよ。読んだのか?」
「読むわけないだろ! あんな700ページもあるバカ高い本。入門書を飛ばし読みして、池上彰の解説を聞いただけだ」
「で、それが『ななつ星』とどう関係あるんだ?」
「『ななつ星』てのはな、付加価値のついた高級食材と同じなんだ。会社や生産者が生き残るために、富裕層相手にこしらえたものだ。水戸岡さんにしたってホントは自分がデザインした車両に、俺ら貧困層にも乗ってもらいたいと思ってる。でも現実は、富裕層がますます裕福になり、余裕で豪華列車の旅をしてる。貧困層はますます増えるばかりで、ヤツらを恨めしく眺めてる」
「富裕層といや、浮遊しそうでしないのは麻原彰晃とダイオウイカだな」
「イノベーションが俺らを救うと思うか? 最新技術ってのは作業効率も上げるけど、労働者の職も奪うんだ。近い将来『COCORO』が自動操縦になってみろ、運転士はクビだ」Aは運転士を指差しながら言った。「それでもヤツらは最新技術に投資してボロ儲けする。儲けた金はタックスヘイブンで税金逃れするんだ」
「観念するしかないな」

Aはおもむろにプラカードを取り出し、恋人と一緒に声を上げた。
「アイ・アム・ピケティ!」
「意味が違うだろ!」

ハイホー、マンハッタン坂本です。

「ななつ星in九州」の車両は、豪華寝台列車で有名な「オリエント急行」を意識して建造された。その「オリエント急行」が深雪で立ち往生するという設定で事件が起こるのがアガサ・クリスティの「オリエント急行殺人事件」である。
この傑作ミステリーは、ビリー・ワイルダー監督の「翼よ!あれが巴里の灯だ」で描かれたチャールズ・リンドバーグ――世界初の大西洋単独無着陸飛行を成功させた飛行士の長男が誘拐され殺害された事件をモチーフにしている。

1930年、ニューヨークの大富豪アームストロング家の一人娘が誘拐される。巨額の身代金を支払うが、デイジーは遺体で発見される。
ショックを受けたアームストロング夫人は第2子を死産し、自身も後を追う。ついでアームストロング大佐が拳銃自殺する。濡れ衣を着せられたメードのポーレットも投身自殺する。
実行犯は有罪となり処刑されたが、ボスのカセッティは逃走する。

5年後、トルコのイスタンブールを出発した「オリエント急行」で殺人事件が起こる。1等寝台車の2号室にいたアメリカ人資産家ラチェット(リチャード・ウィドマーク)が刃物で体中を12個所刺されたのだ。列車は深い雪に阻まれ停車していた。
現場には、止まった懐中時計、パイプ・クリーナー、Hの字の縫いとりされた女物のハンカチ、デイジー・アームストロングと書かれた手紙の燃えカスがあった。

ロンドンに帰るために乗り込んでいた高名な私立探偵エルキュール・ポアロ(アルバート・フィニー)は、鉄道会社の重役ビアンキに懇願され捜査を始める。
1等寝台車は他の車両と鍵で閉鎖されていたため、犯人は12人の乗客と車掌のうち誰かである。食堂車に一人一人呼んでアリバイと動機を探るうちに、ポアロは容疑者全員に恐ろしい共通点があることに気付く。

ラチェットの秘書であるマクィーン(アンソニー・ホプキンス)はアームストロング夫人にあこがれていた青年。ドラゴミノフ伯爵夫人は亡き夫人の後見人。デべンハム(ヴァネッサ・レッドグレーヴ)はアームストロング家の秘書。アンドレニイ伯爵と伯爵夫人へレナ(ジャクリーン・ビセット)は亡き夫人の妹夫婦。伯爵夫人のメードであるシュミットはアームストロング家のコック。アーバスノット大佐(ショーン・コネリー)はアームストロング大佐の親友。ラチェットの警護をしていたハードマンはポーレットの恋人。車掌のミシェルは実父。スウェーデン人宣教師のオルソン(イングリッド・バーグマン)はデイジーの乳母。ラチェットの執事であるべドーズ(ジョン・ギールグッド)はアームストロング家の執事。フォスカレリは運転手。そしてハバード夫人(ローレン・バコール)はアームストロング夫人の実母だった。

ポアロは二つの推理を披露する。単純な答は、ラチェットの正体はマフィアのボスのカセッティで、彼はマフィア同士の抗争で殺され、すでに犯人は逃走した。
複雑な答は、マクィーンが睡眠薬で眠らせたラチェット―アームストロング家の5人の命を奪った極悪非道の殺人犯に、極めて厳粛に、まるで中世の宗教儀式のように、一人一人が短剣を突き立てた。

「警察は単純な答えを歓迎するでしょう」

ビアンキの選択に従ったポアロは、報告書を書くために食堂車をあとにする。すると12人の陪審員たちが無言で祝杯をあげる。
立ち往生から解放された漆黒の蒸気機関車は、再び濃紺の豪華車両を伴い出発する。
 (注釈1)



どぶ川の流れる港町から見上げると、丘の頂に洋風の屋敷がある。お高く構えてやがるといった風情の「ナショナル・シューズ」常務の家である。
うだるように暑い三畳一間のぼろアパートは地獄で、窓を開け双眼鏡で見る権藤金吾(三船敏郎)の豪邸は天国のようだ。
権藤の息子を同じ年恰好の運転手の息子と誤って誘拐した犯人は、権藤に対し強引に3千万の身代金を要求する。

特急こだま号に乗り込んだ権藤は、列車電話で主犯に指示される。酒匂川の鉄橋のたもとで子供を見せるので、鉄橋を渡り切ったところで、2等車の洗面所から金の入ったカバンを投げろ、7センチだけ開く換気窓があるからと。
戸倉警部(仲代達矢)の部下たちは、共犯者の様子を8ミリとスチール・カメラで撮影する。

人質が無事解放され、公開捜査となる。
マスコミは、人違い誘拐で全財産を失った権藤の犠牲的行為を賞賛し、権藤を苦しめあざ笑おうとする犯人の底意を糾弾する。
戸倉警部率いる捜査陣は、子供の証言や目撃情報、電話の録音などを頼りに子供が監禁された家を捜索する。荒井刑事(木村功)は、主犯の声の背後で聞こえる電車の音から江ノ電沿線であることを突き止める。子供が描いた絵を手掛かりに海と富士山の見えるアジトを発見する。

アジトにいた共犯者はヘロイン中毒で死んでおり、主犯による口封じだと推理した戸倉警部は、共犯者の死を伏せる代わりに、番号を控えた札が発見されたという嘘の情報を流すよう新聞記者に要請する。
新聞記事を見た主犯は、身代金の入ったカバンを焼却場に持っていく。だが仕掛けを施したカバンは牡丹色の煙を出して燃える。
捜査陣はその糸口から主犯が権藤邸の見えるアパートに住むインターンの竹内銀次郎(山崎努)であることを突き止める。

竹内の犯罪は極刑に値する。そう断言した戸倉警部は、竹内を泳がせ、犯行を再現させる捜査に切り替える。
麻薬中毒者の巣窟で、純度の高い麻薬によるショック死を確認したあと、竹内は共犯者のアジトに到着する。ヤクを持ってきたぞと声をかけたところで逮捕される。

後日、死刑が確定した竹内は、自身の希望で権藤と面会する。
会社を解雇された権藤は、賛同者のお陰で小さな会社を任され、ナショナル・シューズに負けない会社に育てると宣言する。
始めは冷静を装っていた竹内だが、話すうちに次第に興奮してくる。体の震えが止まらなくなる。

「生まれた時からあたしは地獄みたいな生活には慣れてるんです」

金網を掴んだ竹内は、絶叫する。
 (注釈2)



ミステリーだろうと犯罪映画だろうとネタバレで紹介するシネワンらしく、タイトルのもとネタをばらすと、2011年にアメリカの若者たちが抗議デモを行った際、キャッチフレーズに使ったのが「ウォール街を占拠せよ」だった。
職のない彼らは、アメリカの富裕層トップ1%が社会全体の所得の20%、富の40%を占めていることに対し、「われわれは99%だ」と声を上げたのだ。

「天国と地獄」が公開された1963年当時、日本は高度経済成長期のスタート地点にいた。こだま号はまだ在来線特急で東海道新幹線は開通しておらず、東京オリンピックのための競技場も建設中だった。
まるまる義務教育期間と重なった僕の60年代は、今や政令指定都市となった九州の三つの街を転校生として渡り歩いたにもかかわらず、「天国と地獄」の舞台となった横浜のような格差を感じなかった。
僕が過ごした都心に近い住宅地は、今でこそ小奇麗な家が立ち並んでいるが、子供の目には我が家も貧乏あばら家もたいして変わりはなく、その前を通っても特段目を止めることはなかったからだ。
ピケティ教授が指摘するところの例外的に平等化した時期から次第に格差が広がり、中流意識が芽生え始めた頃だった。

とりわけ無給で働くインターンにとっては、「冬は寒くて寝られない。夏は暑くて寝られない」地獄だった。しかも彼は人生のスタートから格差社会を実感していた。
そのインターンが皮肉にも、勤続30年の叩き上げの男が築いた豪邸を羨み、歩きやすく丈夫でしかもデザインのいい理想の靴をつくるために借金した金を身代金として使わせ、その犠牲的な行為で男をヒーローにしてしまう。

現在に話を戻すと、日本の最上位0.1%の富裕層は年収3300万円以上なので、アメリカの1億5千万円以上に比べると、日本には「スーパーリッチ」はかなり少ない。
国税庁の民間給与実態調査(2013年分)によると、前年比で年収100万円以下の給与所得者が7%増え、2500万円以上の階層は40%増えており、日本でも格差が広がっている。
スーパーリッチが少ないとは言え、貧困層が増え続ける日本は、典型的な格差社会である。

格差の拡大を抑えるためには、富の再分配の仕組みをつくらなければならない。

プロボケーター(挑発者)であるピケティ教授は、日本の若者に向かってこう提言する――「格差の問題を解決するのはわれわれ市民であって、世の中を良くするために努力し、最善を尽くすべきだ」


先日退任したウルグアイのホセ・ムヒカ前大統領は、「環境の未来を決める会議」のスピーチで、こんな言葉を引用した。

「貧乏な人とは、少ししかものを持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ」


注釈1、「オリエント急行殺人事件」(監督:シドニー・ルメット)
イギリス映画 1974年製作 原題:Murder on the Orient Express
原作:アガサ・クリスティ「オリエント急行の殺人」
米アカデミー賞助演女優賞(イングリッド・バーグマン)受賞
英アカデミー賞助演男優賞(ジョン・ギールグッド)、助演女優賞受賞

メディア:DVD
メーカー:パラマウント・ホーム・エンタテインメント・ジャパン

注釈2、「天国と地獄」(監督:黒澤明)
 日本映画 1963年製作 英題:High and Low
 原作:エド・マクべイン「キングの身代金」より
 毎日映画コンクール日本映画大賞・脚本賞受賞

 メディア:Blu-ray
 メーカー:東宝


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posted by マンハッタン坂本 at 22:00 | Comment(0) | 映画全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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